2019年6月23日 (日)

人生のロールモデルとなる

 先月、休暇をとり、初めて長崎を訪問しました。昨年、世界遺産に登録されたキリシタン関連遺産を見るためです。一昨年、私は初めて広島に行き、原爆ドームを見て来ました。いつか長崎にも行きたいと考えていました。今年、その機会が訪れたことを感謝します。今回の旅行で最も印象に残ったのは、殉教したキリシタンたちの熱い信仰です。激しい迫害に負けず、彼らは信仰を守り抜きました。彼らの尊い犠牲が、今の日本社会の土台の一部になったのだと改めて考えさせられました。

 最初に大きな迫害の波が来たのは、カトリックの宣教師が来日して50年ほど経った頃でした。当時の支配者・豊臣秀吉は、キリシタンが増えると、日本はスペインやポルトガルの植民地になると考えたのです。キリシタン26名が逮捕され、長崎で十字架につけられました。4千人を超える群衆の前で、リーダーのパウロ三木は十字架上からこう叫んだそうです。「人の救いのために、キリシタンの道以外に他はないと断言する。私は、国王(秀吉)とこの死刑に関わった全ての人を赦す。王に対して憎しみはなく、むしろ彼と全ての日本人がキリスト信者になることを切望する。」その後、支配者が代わっても迫害は続きました。33名のキリシタンは、雲仙地獄で拷問されました。煮えたぎる湯壺に漬けられたり、体に熱湯をかけられたり・・・。でも彼らは、死ぬまで信仰を捨てませんでした。さらに、島原の乱も起きました。3万7千人のキリシタンが、厳しい税の取り立てとキリシタン弾圧に反対して起こした反乱です。政府側の圧倒的な攻撃により、キリシタン勢は全滅しました。(彼らが立てこもった原城跡は、世界遺産になりました。)キリシタンの取り締まりは、一層厳しくなりました。それでも、キリシタン信仰は日本から無くなりませんでした。潜伏し、信仰を守る人々がいたのです。

 2つ目の大きな迫害の波は、キリシタンの禁教が解かれる直前です。島原の乱から200年以上経ち、再び外国人が日本に来始めました。カトリック教会は、長崎で処刑された26聖人を記念する教会堂を建設。世界遺産となった大浦天主堂です。正式には「日本二十六聖殉教者聖堂」と言います。教会堂が完成して1ヶ月後、驚くべき出来事がありました。200年以上、代々信仰を受け継いだ潜伏キリシタン10数名が、フランス人神父に会いに来たのです。その後、再び迫害の波が押し寄せました。3千人を超えるキリシタンが拷問され、強制労働させられました。しかし今度は日本政府に対し、欧米各国から圧力がかかりました。そしてついに禁教が解かれ、キリシタン信仰が公認されたのです。今の日本には、「信教の自由」があります。私たちが当然のように思うこの権利は、実は多くの人の犠牲を通し、初めて認められたものです。(戦後、日本国憲法でも追認されました。)この権利を勝ち取った殉教者たちの姿は、私たちの偉大なロールモデルとなっているのです。

 使徒パウロも、弟子テモテのロールモデルになりました。彼はローマ帝国各地に福音を伝え、教会を開拓しました。自分に与えられた使命を全て全うしました。迫害され、殉教の時が近づいても、最期まで信仰を守り通しました。その勇敢な姿は、テモテに大きな影響を与えたはずです。聖霊の助けにより、私たちも同じような生き方ができます。新たに弟子となる人のロールモデルになれるのです。

「私は勇敢に戦い抜き、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。あとは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。」Ⅱテモテ4:7-8

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2019年6月 9日 (日)

新たなヒーローの油注ぎを祈る

 旧約の時代、ヒーローはごく一握りの人たちでした。神に特別に選ばれ、用いられた人々です。預言者エリヤも、その一人。エリヤの時代、イスラエルの国は2つに分裂していました。北のイスラエル王国と南のユダ王国です。エリヤは北王国にいました。そこでは、国を挙げて偶像の神々を拝んでいました。(残念ながら、日本と似ていますね。)国王夫妻が率先し、偶像礼拝を広めていたのです。王の名はアハブ、王妃はイゼベル。旧約時代を代表する、悪名高き国王夫妻です。エリヤは、たった一人で国の指導者たちと対決しました。カルメル山で、驚くべき奇跡を行いました。エリヤを遣わした神が本物で、偶像の神々は偽物だと証明したのです。エリヤは、歴史に残る偉大なヒーローの一人となりました。ところが国王夫妻は、自分たちの誤りを認めませんでした。偶像礼拝をやめるどころか、預言者エリヤを悪者にし、抹殺しようとしたのです。

 神はその時、エリヤに新たなミッションを与えられました。彼の働きを引き継ぐ、新たなヒーローをつくることです。「エリシャに油を注ぎ、あなたに代わる預言者としなさい」と、神は言われました。「油注ぎ」には、特別な意味がありました。神から重要な働きが委ねられたという意味です。当時はイスラエルの王や祭司、預言者等、一部のリーダーだけが油注ぎを受けました。エリシャの場合は、預言者エリヤの働きを引き継ぐための油注ぎでした。その後、エリシャはエリヤの弟子として数々の奇跡を行いました。神のことばを大胆に語りました。歴史的なヒーローが、新たなヒーローを生み出したのです。

 油注ぎの油は、聖霊を象徴しています。油自体に、魔法のような不思議な力があったのではありません。油注がれた人には、聖霊が注がれたのです。全能の神の霊的な力により、旧約時代のヒーローたちは偉大な働きを成し遂げました。モーセは海を2つに分け、ユダヤ人をエジプトから解放しました。ヨシュアは、約束の地を勝ち取りました。ダビデは、イスラエルの王国の基礎を築きました。エリヤは、偽預言者との戦いに圧勝しました。そしてエリシャも、預言者として大活躍しました。アハブ王家に代わる新たな国王にも、エリシャの命令で油が注がれました。神はヒーローたちに次々と聖霊の油を注ぎ、大きく用いて下さったのです。

 イエス様の到来とともに旧約時代は終わり、新約の時代が始まりました。一部の人でなく、全ての人がヒーローになる新しい時代です。イエス・キリストを信じるなら、誰にでも聖霊が注がれます。神の国の偉大な働きが委ねられます。ごく一部の偉い人だけに油が注がれる古き時代は、過ぎ去りました。どんな人も油注ぎを受け、神の国のヒーローになれる時代が来たのです。

 今日は、ペンテコステです。イエス様を信じるあらゆる人に、初めて聖霊が注がれた記念日です。聖霊の恵みを感謝しましょう。そして祈りましょう。聖霊の油が、新たにヒーローとなる人々にも溢れるばかりに注がれるように・・・。

「これは、預言者ヨエルによって語られたことです。『神は言われる。終わりの日に、わたしはすべての人にわたしの霊を注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。その日わたしは、わたしのしもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。すると彼らは預言する。』」(使徒2:16-18)

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2019年5月26日 (日)

神の愛をともに喜ぶ

 私の父方の祖母は、北海道東部の旧紋別村(今の紋別市)出身でした。紋別は、オホーツク海沿岸で指折りの港町だそうです。カニ、ホタテ、カレイ、鮭等が名産品とのこと。残念ながら私は、一度も行ったことがありません。祖母は、その村の小間物屋の一人娘でした。父の話では、田舎でわがまま一杯に育ったそうです。同じ村出身でX線技師だった祖父と結婚し、樺太(サハリン)に移り住みました。当時の豊原市、今のユジノサハリンスクです。私の父が生まれた日は2月で、マイナス30度以下になったそうです。一家はその後、満州に渡り、祖父は医師の資格を得ました。そこから北京に移り、終戦後、紋別に戻りました。祖父は、僻地の診療所で働くようになりました。父は当時、旧制の中学生、今の高校生です。食糧難で、ニシンが大漁の日は学校が休みになり、みんなで漁師の手伝いに行ったそうです。十分な勉強はできなかったようですが、ある日、先生からこう言われました。「お前、北大を受けてみないか。」なんだか、私と似たような話です。父はその時、こう答えたそうです。「北大って、どこにあるんですか。」(笑)それでも何とか父は北大に合格し、紋別から札幌に出て来ました。

 そこで父は、母と出会いました。大学院生の時、アルバイトに行った病院で、母は事務をしていたそうです。母は、どちらかと言うと都会のお嬢様育ちでした。母方の祖父は外務省の役人で、一家は上海でいい暮らしをしていたようです。「あの頃は良かった」と、母は私によく話していました。終戦時、札幌近郊に引き揚げて来ました。結婚後、時々、舅と姑が突然、泊りに来たそうです。母は、姑と全くそりが合いませんでした。祖父の死後、祖母は私たちの家の近くにアパートを借り、しばらく一人で住んでいました。祖父の骨は、浄土真宗のお寺の納骨堂にありました。でも、いつの頃か祖母は、創価学会に入りました。私の母とは、ますます仲が悪くなりました。間に立つ父は、いつも大変そうでした。その様子を見た私は、こう考えました。「私が結婚する相手は、母と仲良くできそうな人にしよう。」良い結婚相手が見つかったことを感謝します。(ハレルヤ!)私がクリスチャンになった後、私の両親は洗礼を受けました。その後しばらくして、祖母も洗礼を受けました。祖母は10年前に亡くなり、葬儀は私が札幌に行き、執り行いました。いつかみんな天国で再会し、過去のわだかまりから解放され、仲良く暮らすことを楽しみにしています。

 ユダヤ人ナオミとモアブ人ルツは、模範的な姑と嫁でした。周りの人が感心するほど、二人は仲が良かったのです。モアブの地で、二人とも夫に先立たれました。ナオミはイスラエルに戻る決心をし、ルツには実家に帰るよう勧めました。モアブの人と再婚して、幸せになってほしいと願ったのです。でもルツは、こう答えました。「自分はもうモアブ人でなく、ユダヤ人だ。モアブの神ではなく、イスラエルの神を信じている。たとえ死んでも、私はお義母さんと離れない。」

 ルツは、なぜそう思ったのでしょう。ナオミが、ルツを愛弟子として大切に育てたからです。姑ナオミは、長男の嫁ルツにユダヤ人の妻としての生き方を教えました。ユダヤ人の信じる、創造主なる神の偉大さを伝えました。そして嫁のルツは、天地創造の神を信じたのです。その教えに従って生きたいと強く願いました。ナオミは、完璧な息子にもまさるような素晴らしい弟子を育てたのです。二人は神の驚くべき愛の計らいを体験し、喜びをともにすることができました。ルツはユダヤ人と再婚し、ナオミに「孫」を産んだのです。私たちも、そんな弟子づくりをしてみたいですね。

「女たちはナオミに言った。『主がほめたたえられますように。・・・その子はあなたを元気づけ、老後のあなたを養うでしょう。あなたを愛するあなたの嫁、七人の息子にもまさる嫁が、その子を産んだのですから。』」(ルツ4:14-15)

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2019年5月19日 (日)

祝福拝受のバトンを渡す

 先週は、バトンパスで大きなミスがありました。横浜で行われた世界リレー大会の男子400m予選です。日本は、この種目で金メダルを目指していました。途中まで好調で、米国とトップ争い。ところが第3走者と第4走者との間で、トラブルが発生しました。バトンをうまく渡せず、お手玉したのです。アンカーの桐生選手は、宙に浮いたバトンをなんとかキャッチして、ゴールインしました。でもバトンは手渡しするというルールがあり、残念ながら予選失格となりました。イギリスのBBC放送はこのシーンについて、こう伝えたそうです。「日本のヨシヒデ・キリュウが驚異的な『バトンキャッチ』をやってのけた。」今回は、バトンパスの練習が不足していたようです。桐生選手は、こうコメントしました。「・・・バトンは失敗しないだろうという緩みも少しあったと思う。バトンは集中しないとミスをするとあらためて思った。」コーチは、選手たちにこう語ったそうです。「東京オリンピックの時に、・・・今回の失敗が生きる形にしよう。」

 神の国の弟子づくりも、バトンリレーです。イエス様は、使徒たちに弟子づくりのバトンを渡しました。使徒たちは新たな弟子をつくるため、エルサレム、ユダヤ、サマリア、そして地の果てにまで遣わされました。派遣先で新たな弟子をつくり、彼らに弟子づくりのバトンを渡しました。そのバトンは、次から次へと異なる世界に住む新しい世代に手渡しされて来ました。今は、21世紀の日本に住む私たちに、バトンが渡されています。このバトンを次の世代に渡すため、私たちは、それぞれ決められたコースを走っています。バトンを宙に放り投げるのは、ルール違反です。誰にも渡さないのも、ルール違反。神の祝福を受け取るバトンを次の人に手渡す大切な使命が、私たちに与えられているのです。

 ユダヤ人をエジプトから解放したモーセも、祝福を受け取るバトンを次の人に手渡しました。弟子として育てたヨシュアにです。エジプト脱出後、ユダヤ人はすぐに約束の地を受け取れませんでした。心の準備がまだでした。カナンの地を受け取るのは無理だと、ほとんどの人が考えたのです。彼らは、海が2つに割れる驚くべき奇跡を目にしました。それでもなお、神に不可能はないと信じられなかったのです。そのためユダヤ人は、荒野40年間の特別訓練コースを走ることになりました。神が全ての必要を満たし、あらゆる戦いに勝利させて下さることを、彼らはもっと体験する必要があったのです。荒野の40年、モーセが彼らのリーダーを務めました。訓練の全コースを走り終え、約束の地に入る直前まで、モーセはユダヤ人を導きました。モーセも、約束の地に行きたかったはずです。でも、神はこう言われました。「あなたは、カナンの地に入れない。」このためモーセはヨシュアを弟子とし、祝福を受け取るバトンを彼に手渡したのです。

 モーセからヨシュアへのバトンタッチは、完璧でした。準備に40年かけたので、練習不足ではありませんでした。イエス様が弟子づくりにかけた時間のなんと10倍以上。まさに「神業」のバトンパス! ヨシュアはユダヤ人を率い、見事、神の祝福の地を受け取りました。この「神業」のバトンパスに、私たちも見習えることがたくさんあります。

「それからモーセはヨシュアを呼び寄せ、全イスラエルの目の前で彼に言った。『強くあれ。雄々しくあれ。主がこの民の父祖たちに与えると誓われた地に、彼らとともに入るのはあなたであり、それを彼らに受け継がせるのもあなたである。』」(申命記31:7)

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2019年5月12日 (日)

まことの礼拝者を育てる

 「弟子」と訳される言葉は、原語のギリシア語では「マテーテス(mathetes)」、「学ぶ人」という意味です。この言葉に相当するヘブル語の単語は「タルミッド(talmid)」ですが、不思議なことに「タルミッド」という単語は、旧約聖書に1カ所しか出て来ません。神殿で奉仕する見習いミュージシャンのことです(Ⅰ歴代誌25:8)。一方、新約聖書には「マテーテス」は250回ほど登場します。その全てが福音書と使徒の働きです。聖書全体が「神のことば」であることを考えると、非常に偏った分布になっています。聖書で「弟子づくり」と言うと、ほとんどイエス・キリストから始まったような印象を受けるほどです。イエス様は、全く新しいことを始められたのでしょうか?旧約聖書を廃棄するためでなく、成就するために来たと、イエス様は言われました。だとしたら「弟子づくり」も、不完全な形かもしれませんが、旧約の時代に前例があった可能性があります。その方が、1世紀のユダヤ人たちにも分かりやすかったはずです。

 旧約時代、神の国の民は、ほとんどみな血のつながりがありました。アブラハムの子孫=ユダヤ人=神の国の民だったのです。彼らは、親の信仰を受け継ぎました。日本の多くの人と同じです。家の宗教が自分の宗教だったのです。先日、日本人のある女性のこんな話を聞きました。自分の家は浄土真宗だったが、嫁ぎ先の家は日蓮宗だった。自分は、親から浄土真宗の仏壇と納骨堂を受け継いだ。一家に2つの宗派はダメだと言われ、夫の了解を得て、家ごと浄土真宗に宗旨替えした。するとつい先日、嫁ぎ先の家も昔は浄土真宗だったことが分かったと言うのです。日蓮と親鸞のどちらが正しいかは、関係ない。教えの内容を比較・検討したわけではない。家の仏壇と納骨堂を相続したから、私はこれを信じる。そういう信仰です。ユダヤ人の信仰も、少しこれと似たところがあります。アブラハム以来、先祖代々受け継がれる家の宗教を彼らは信じたのです。親が子どもに家の信仰を継がせました。つまり、親が子どもを弟子として育てたのです。

 モーセの律法にも、子どもに神のことばを教えるのは親の責任だと書いてあります。妻と私は、子どもたちが小さいうちから、この責任をできるだけ果たそうとしました。北海道で開拓した教会に、教会学校はありませんでした。小学校1年生の長女を相手に、妻は一対一で教会学校を始めました。2歳の息子は、部屋の中を走り回っていました。0歳の次女は、兄を全く気にせず寝ていました。家でも毎週、聖餐式をしました。聖書のみことばを読み、一緒に祈りました。子どもが外に出掛ける時は、いつも祈りました。寝る前にも祈りました。何か問題があれば、聖書にどう書いているか考え、話し合いました。学習発表会で、長女が「かさこ地蔵」の劇に出演させられた時は、小学校にクレームをつけました(幸いなことに?、娘は地蔵役ではありませんでしたが・・・苦笑)。アンケートが配られたので、こう書きました。「特定の信仰に基づく劇への出演を生徒に強制しないでほしい。」その後、わが家の子どもたちが小学生のうちは、「かさこ地蔵」は上演されませんでした。ハレルヤ!

 アブラハムは、息子イサクを弟子として育てました。イサクは、息子ヤコブを弟子にしました。ヤコブは、12人の息子たちを弟子にしました。何世代にもわたり、天地創造の神を礼拝する弟子たちが育てられて行ったのです。今日は、母の日です。母親は父親とともに、子どもたちに大きな影響を与えます。もちろん子どものいない人も、アブラハムの弟子づくりから学べることがあります。私たちもアブラハムのように、弟子づくりをする弟子をつくって行きましょう。

「・・・イサクは尋ねた。『火と薪はありますが、全焼のささげ物にする羊は、どこにいるのですか。』アブラハムは答えた。『わが子よ、神ご自身が、全焼のささげ物の羊を備えてくださるのだ。』こうして二人は一緒に進んで行った。」(創世記22:7-8)

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2019年5月 5日 (日)

神の国の象徴にならう

 先週、新天皇が即位し、「令和」の時代が始まりました。日本全国で、たいへんな盛り上がりでしたね。いくつか興味深い(そして残念な)ニュースもありました。一つは、前天皇皇后両陛下が最後の地方訪問で伊勢神宮を参拝したことです。天皇家の祖先とされる女神アマテラスに、退位の報告をするためです。神道で、アマテラスは日本国民全体の神とも信じられているようです。一方、日本国憲法で天皇は、「日本国の象徴」と定められています。その天皇が退位の報告に伊勢神宮を参拝することは、日本にとって深い意味を持ちます。「日本国の象徴がアマテラスを拝むのだから、日本人はみなその信仰にならい、この女神を拝むべきだ。」そういう暗黙のメッセージが伝わって来ます。実際、GW中に伊勢神宮を参拝する人は、昨年より大幅に増える見込みだそうです。

 新天皇即位の儀式も、神道の信仰に基づいています。新天皇は、前天皇から三種の神器を引き継ぎました。それは日本の国を治めるため、アマテラスが孫のニニギに授けたものだと言われています。つまり、天皇として即位するには、女神アマテラスから授かった物を受け継がなければならないのです。日本国の象徴たる天皇は、アマテラスに任命されるという意味になります。平成の時代、ある総理大臣はこういう発言をしました。「日本の国は、天皇を中心としている神の国だ。」その発言は当時、かなり批判されました。しかしその後、平成が終わりに近づくにつれ、日本の伝統的信仰に舞い戻る人が増えたように感じます。神道に基づく皇位継承の儀式を国の公式行事として行っても、残念に思う人は多くなかったかもしれません。日本国の象徴たる天皇は、「(八百万の)神々の国」の信仰にならう「弟子」を増やしているようにも見えます。

 イエス様は、天地創造の父なる神から、全世界の王に任命されました。唯一、創造主なる神だけを礼拝し、その神に従う生き方の模範を示されました。創造主なる神は、地域限定の神ではありません。日本だけで信じられ、日本国の象徴だけに権威を与える神々とは違います。全世界を造り、あらゆる権威の上に立つ権威を持つお方です。その全能の力が及ぶ範囲全てが、まことの神の国です。イエス様は神の国の王であり、象徴です。世界中のどんな人でも、イエス様の教えから学び、その生き方にならうことができるのです。

 イエス様は、その教えを守り、生き方にならう弟子をつくられました。弟子たちを世界中に遣わし、彼らを用いて新たな弟子づくりを進めて来られました。12人の弟子は増え広がり、今や全世界に20億人のクリスチャンがいます。私たちは今、この日本に遣わされています。偶像の神々でなく、天地創造の神だけを拝む人を募り、人々をまことの神の国に招き入れるためです。イエス様は、弟子たちに「平安があるように」と言われました。それはおそらく、ヘブル語の「シャローム」という挨拶で、「平和があるように」とも訳されます。平和の命令、「令和」です。新しい令和の時代、イエス様の弟子をつくり、この日本に神の国の平和を築いて行きましょう。それこそが、神の国の象徴であるイエス様にならう生き方なのです。

 「イエスは再び彼らに言われた。『平安があなたがたにあるように。父がわたしを遣わされたように、わたしもあなたがたを遣わします。』」(ヨハネ20:21)

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2019年4月21日 (日)

奇跡の人生を生きる

 イースターおめでとうございます。イエス様が私たちのために十字架につき、よみがえって下さったことを感謝します。

 イエス様の生涯は、新約聖書の4つの福音書に記されています。マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネです。それぞれに特徴があります。マタイ福音書は、ユダヤ人的な視点で書かれています。書出しは、イエス・キリストの系図です。ユダヤ人以外の人だと、読む気が失せるかもしれません。マルコ福音書は、最初に書かれた福音書だと言われています。イエス様の教えより行動の記述が中心で、簡潔にまとめられています。ルカ福音書は、ユダヤ人以外の人に向けて書かれています。伝記のような書き方で、多くの人は一番読みやすいかもしれません。ヨハネ福音書は、哲学的です。哲学的に考える人は良いですが、そうでない人にとっては難しそうです。4つの福音書にはそれぞれ特徴があり、エピソードの選び方にも違いがあります。ただ、一つ大きな共通点があります。全ての福音書が、イエス様の十字架と復活のエピソードで終わることです。福音とは、良い知らせです。十字架と復活は、ユダヤ人にもそれ以外の人にも同じく重要な、良い知らせだったのです。

 なぜでしょう?イエス様の十字架と復活により、信じる全ての人に永遠のいのちが与えられるようになったからです。人は、最初から死ぬべき存在ではありませんでした。死ぬようになったのは、人類の先祖アダムとエバが重大な罪を犯したためです。神との約束を破り、禁断の木の実を食べてしまいました。その罪の全責任を、イエス様は代わりに負って下さったのです。全人類の身代わりとなり、十字架による死刑を受けて下さいました。しかし、それで終わりではありませんでした。イエス様は、3日目に復活されたのです。その復活は「初穂」だと、聖書が語っています。イエス様だけ復活するのではないという意味です。世の終わりに、イエス・キリストを信じる人は皆よみがえり、神とともに永遠に生きることができます。これが、聖書の伝える良い知らせです。イエス様は、死に勝利されました。信じる私たちも、死に勝利するのです。もはや、死を恐れる必要はありません。

 4年半前、函館に住む義母が病気になりました。急に言葉が出なくなったのです。検査を受けると、悪性の脳腫瘍でした。しかも最も悪いタイプのガンで、手術しても腫瘍は取り除けないという診断でした。余命は1年から1年半と言われました。妻は一人っ子なので、その時から毎月の函館通いが始まりました。治療が効いたのか、発病から数ヶ月後、一時的に口がきけるようになりました。その時、妻と私は、義母にイエス・キリストの福音を伝えました。義母は以前、「信じる」と言っていたのですが、その信仰を確認したのです。入院中の義母は、家にある仏壇をどうしたら良いか気にしていました。でも、それは妻と私で何とかするから大丈夫だと伝えました。義母は安心し、その場で病床洗礼を受けました。嬉しそうな笑顔でした。妻と私も、たいへん嬉しく思いました。いつその時が来ても、永遠の神の国で再会し、いつまでも一緒にいられるようになったからです。

 それから4年経ちました。病状は少しずつ悪化し、今はほぼ寝たきりです。口をきくこともできません。1年から1年半と診断した医師は、こんなに長く生きていることに驚いていました。奇跡のようです。でもそれより遙かに大きな奇跡は、死んだ後よみがえることです。神の国で永遠に生きることです。イエス様は、この奇跡を私たちに約束されています。イエス・キリストを信じる人は、誰でも永遠のいのちの驚くべき奇跡を体験することができるのです。

「しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。死が一人の人を通して来たのですから、死者の復活も一人の人を通して来るのです。」(Iコリント15:20-21)

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2019年4月14日 (日)

奇跡の王をほめたたえる

 今日は「棕櫚(シュロ)の聖日」です。十字架につかれる5日前、イエス様が王としてエルサレムに入られた記念日です。旧約の預言者が予告した通り、イエス様はロバに乗って都に入られました。ロバは、イエス様が「平和の君」であること、全世界に神の平和をもたらしに来られたことの象徴でした。大勢の人が大歓声を上げ、イエス様をお迎えしました。ナツメヤシの枝を手に持つ人が、たくさんいました。(日本ではないので、梅や桜ではありません。)木の枝や上着を道に敷く人もいました。大きな叫び声がこだましました。「ホサナ!ホサナ!ホサナ!」「ホサナ」とは、もともとは「救って下さい」という意味です。賛美の叫びの決まり文句でした。救い主である神に対する、ユダヤ人たちの切なる叫びだったのです。

 ユダヤ人は、長い苦しみの中にいました。彼らの祖国は600年ほど前に滅び、その後、ずっと外国に占領されていました。バビロニア、ペルシア、ギリシア、そしてローマです。日本で600年前というと、室町時代です。日本が誇る世界遺産の一つ、金閣寺ができた頃。最近話題の万葉集の時代よりはずっと後ですが、戦国時代も江戸時代も渋沢栄一の時代もまだ始まらない頃。もし日本がそんな遙か昔に滅び、天皇家もどこにいるか分からなかったら、どうなっていたでしょう。今も東京に多くの日本人が住み、新天皇が即位したら大歓声で喜んだかというと、疑問に思えます。でもユダヤ人は、祖国が滅んで何百年経っても再建を信じ、待ち続けました。旧約の預言に、再建の約束があったからです。――時が来たら、神はイスラエルの国を建て直して下さる。外国の支配からユダヤ人を救う王が遣わされる。その王は、ダビデの子孫である。――それらの預言を信じる多くのユダヤ人は、イエス様こそがその王、「メシア」だと確信しました。そしてイエス様に向かい、「ダビデの子」と叫んだのです。

 ダビデは、日本であまり知られていないように思います。ダビデというと、ミケランジェロのダビデ像を思い出す人が多いかもしれません。私もクリスチャンになるずっと前、学校の教科書に載っていた大理石像の写真を見ました。「なぜ裸でポーズをとっているのだろう」と思いました。ダビデがどんな人物か、何も知りませんでした。ご存知の通り、この彫刻はルネサンスの天才的芸術家ミケランジェロの代表的な作品です。今から500年ほど前に作られました。日本はその頃、戦国時代でしたが、イタリアのフィレンツェ共和国もさまざまな敵と戦っていました。ダビデ像は、フィレンツェの人々に勇気を与えるため作られたようです。ダビデがゴリヤテと戦う直前、相手を睨み付けている姿だそうです。(風呂場のポーズではありません。笑)左手に石投げ、右手に石を持っているとのこと。(タオルと石鹸ではありません。笑)裸なのはルネサンス彫刻の特徴で、古代ギリシアの彫刻を真似たためとのこと。5メートル以上あるこの作品は、フィレンツェのみならず世界中の人に感銘を与えたようで、同じサイズのレプリカがたくさん作られ、世界各地に置かれています。日本では長野県の美術館の他、東京の恵比寿駅近くのビル(道沿い)にもあるそうです。

 ダビデが一躍ヒーローになったのは、巨人ゴリヤテに勝利したからでした。それは、彼の奇跡的な人生のほんの一コマでした。神は、人の思いを遙かに超えた大きな計画を持っておられたのです。ダビデの子孫として神ご自身が生まれ、全人類の救い主となる計画です。イエス様は、その計画を実現しに来られました。エルサレムに入城し、驚くべき奇跡を成し遂げられたイエス様を今日、心からほめたたえましょう。

「群衆は、イエスの前を行く者たちも後に続く者たちも、こう言って叫んだ。『ホサナ、ダビデの子に。祝福あれ、主の御名によって来られる方に。ホサナ、いと高き所に。』」(マタイ21:9)

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2019年4月 7日 (日)

救い主の奇跡を信じる

 先週は、新元号のニュースで持ちきりでした。「令和」になりましたね。「令」とは、上の者が下の者に命令すること。もともとは神の命令を意味したようです。「和」とは平和、穏やかなことですね。つまり「令和」とは、上の者が下の者に平和を命じるという意味になります。命じるのは、誰でしょう。総理大臣ですか?天皇陛下ですか?そうではないはずです。地上の全ての人に平和を命じるのは、天の王なるイエス様です。旧約聖書・詩篇34篇14節には、こう書かれています。

 「悪を離れて 善を行い 平和を求め それを追い続けよ。」

 ダビデによる詩篇ですが、ダビデを通し、神が命じられたことばだと言えます。最も大切なのは、創造主なる神との平和です。神との平和は、平安な心をもたらします。その心に基づき、私たちは互いに平和を築くことができます。来月から、新天皇による新しい時代が始まります。戦後70年以上にわたり、日本は平和な社会を築いて来ました。「令和」の時代には、日本の多くの人が神と平和な関係を築き、心に平安を得てほしいと願っています。

 ユダヤの宗教暦では、昨日から新しい年が始まりました。(ちなみにユダヤ教では、昨日はアブラハム、イサク、ヤコブの命日とされているそうです。)来週からユダヤ人の家では、過越の祭がお祝いされます。19日夜から1週間です。過越は、何のお祝いでしょうか?ユダヤ人たちが、エジプトを脱出したお祝いですね。今から3千数百年前の話です。エジプトでユダヤ人たちは奴隷にされ、強制労働させられました。苦しみの中、彼らは神に助けを求めました。すると神は、シナイ半島で羊飼いをしていたモーセをエジプトに遣わされたのです。モーセを用い、ユダヤ人を奴隷生活から救い出されました。エジプトからの解放を記念し、その日を永遠にお祝いしなさいと、神は彼らに命じられました。新時代開始のお祝いです。伝統を重んじるユダヤ人の家では、今でも世界中で過越の祭りをお祝いしています。

 エジプト脱出直後、神はユダヤ人たちを紅海のほとりに導かれました。そこは、人類の記憶に残る歴史的大事件の舞台となりました。日本では旧約聖書の話を知らない人が多いですが、この出来事なら知っていると言う人は、結構いるのではないでしょうか。海が二つに分かれた、あの大事件です。ユダヤ人たちはそこでキャンプし、一息ついていました。すると、エジプト軍が追っかけて来ました。目の前は海。後ろは当時の世界最強レベルの軍隊。どこにも逃げ場がありません。もう終わりだと、彼らは思いました。人の常識から考えれば、助かる見込みは0%です。しかし神には、いつもサプライズがあります。信じられないような奇跡が起こり、ユダヤ人たちは絶体絶命の危機から救われました。神が彼らをわざわざ海辺に導かれたのは、この奇跡のためだったのです。

 この歴史的大事件が、神を「救い主」と呼ぶきっかけになったと思われます。その後も繰り返し、神はユダヤ人を救い続けました。異邦人の敵から救われました。病気や災害から救われました。絶滅の危機からも救われました。旧約聖書の数々のエピソードは、イスラエルの神こそが救い主であると、私たちに力強く証言しています。その救い主が人となって来られたのが、イエス様です。イエス様はユダヤ人だけでなく、全人類の救い主となって下さいました。イエス・キリストを信じる人は、絶体絶命の危機から救い出されます。神との平和が与えられ、周りの人とも平和な関係を築けます。今後も驚くべき奇跡が起こると期待し、信じることができるのです。

「モーセは民に言った。『恐れてはならない。しっかり立って、今日あなたがたのために行われる主の救いを見なさい。・・・』」(出エジプト14:13)

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2019年3月31日 (日)

回復の奇跡を喜ぶ

 東日本大震災から8年が経過しました。岩手県や宮城県は比較的復興が進む一方、福島県は原発事故の影響で遅れているとのこと。放射線量が高い地域は、今も廃墟のようです。福島県内の7市町村には帰宅困難地域が残り、現在も4万人以上の人が避難しているそうです。

 放射線量が高すぎると、避難者は自宅に帰れません。当然、町は廃墟になります。そこには、誰も人がいません。道路や建物は、壊れたまま放置。家や店舗には空き巣が入ったり、野生動物が住んでいたりします。発電所内に残る核燃料は溶け落ちて、簡単に取り出せません。放射能に汚染された水も、たまる一方です。汚染土などが入った黒いフレコンバッグは無数にあり、あちこちに積まれたまま。原発周辺の放射線量は、100年後も非常に高いと予想されています。健康被害の実態も今後、さらに明らかになると言われています。避難指示が解除されても、多くの人、特に若い人たちは福島に戻って来ないと聞きます。廃墟の復興は、たいへん厳しい状況だと言えます。

 日本全国で、政府と東京電力に損害賠償を求める裁判が起こっています。避難者等が訴えた裁判で、30件ほどあるそうです。先週は愛媛県で、政府と東電に賠償金2,740万円の支払いを命じる判決が下りました。避難費用や「ふるさと喪失」の慰謝料等だそうです。賠償金は、請求額より1億円以上少なかったとのことで、今後も裁判は続くようです。

 避難者の方々が「ふるさと」を失ったのは、確かです。平穏無事に暮らしていた地域や職場、人間関係が、ある日突然消え去りました。かつての住民全てが「ふるさと」に戻り、昔と同じように安心して暮らせる見込みは、ほとんどありません。健康上の不安を抱える人も、いるかもしれません。周囲の心ない言葉や行動に傷ついている人も、いるかもしれません。そうした方々の心や体が癒やされ、奇跡的に「ふるさと」が回復するため、祈り続けたいと思います。

 人類には、かつて共通の「ふるさと」がありました。エデンの園です。私たちの祖先アダムとエバは、その「ふるさと」を失いました。地震でも津波でも、原発事故のせいでもありません。神の信頼を裏切る重大な過ちのためです。しかし神は、人類を愛しておられました。アダムとエバの子孫が、安心して帰れる新たな「ふるさと」を計画されていたのです。計画実現のため、神はたっぷり時間をかけられました。「ふるさと」に帰る人の代表として、まずアブラハムを選びました。「約束の地」を目指し旅立つように、彼に命じられました。

 数百年後、アブラハムの子孫は、約束の地を手に入れました。ソロモン王の時代には、その地に平和と繁栄がありました。しかし残念ながら、ユダヤ人も、アダムとエバと同じ過ちを犯したのです。神の信頼を裏切り、「ふるさと」を失ってしまいました。彼らの町は荒れ果て、廃墟となりました。それでも神の計画には、まだ続きがありました。荒れ果てた地を復興させ、エデンの園のようにする計画が、残っていたのです。

 イエス様は、人類の「ふるさと」回復のため、この世に来られました。イエス・キリストを信じる人は、エデンの園のような「ふるさと」に帰ることができます。廃墟となった「ふるさと」は今、再建されつつあるのです。イエス様は、その土台を築いて下さいました。弟子にされた星の数ほどの人々が、「ふるさと」復興ボランティアとして活躍して来ました。そして私たちも今、そのチームに加えられています。天の「ふるさと」復興は、人の力だけでは不可能です。しかし、神がそれを可能にされます。私たちは「ふるさと」回復の奇跡を目にし、大きな喜びで満たされるのです。

「このとき、人々はこう言うだろう。『あの荒れ果てていた地はエデンの園のようになった。廃墟となり、荒れ果て、破壊されていた町々も城壁が築かれ、人が住むようになった』と。」(エゼキエル36:35)

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