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2006年9月18日 (月)

愛を目標とする(Ⅰテモテ1章)

うちの教会では、土曜夜と日曜朝に、礼拝をしています。(ちなみに、カトリック教会では「ミサ」と言いますが、プロテスタント教会では、「礼拝」と呼びます。)礼拝では、賛美の後、メッセージ(説教)と呼ばれる聖書のお話があります。昨日のメッセージでは、新約聖書の「テモテへの第一の手紙1章」を開きました。

テモテというのは、英語では「Timothy」(ティモシー)、略すと「Tim」(ティム)で、結構ポピュラーな名前です。「神の国の福音」をローマ帝国各地に伝えた使徒パウロが、自分の子どものように可愛がった弟子が、テモテでした。エペソ(エフェソス)という町の教会で牧師をするテモテに対して、パウロが書き送った手紙が、2通、新約聖書の中に入っています。

テモテ第一の手紙1章では、イエス・キリストが与えた「命令」は、愛を目標としていることを教えています。エペソの議論好きな人たちは、この目標を見失い、意味のない論争に明け暮れているようでした。無益な議論の勝敗を競うことより、どんな人のことも愛して下さっている、神様の素晴らしい愛を伝える方がずっと重要です。エペソの人々に、そのように勧めなさい、とパウロは、テモテに語っているのです。

私たちの日々の生活は、愛を目標としているでしょうか。意味のない比較や競い合いをして、優越感や劣等感の奴隷となっていないでしょうか。神様は、どのような人であっても、愛して下さっています。そして、その愛を、互いに表す生き方をしてほしいと願っておられます。神様の愛を目標として、歩んでいきましょう。

「この命令は、きよい心と正しい良心と偽りのない信仰とから出て来る愛を、目標としています。」(Ⅰテモテ1:5、新改訳第3版)

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