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2006年9月19日 (火)

パラダイム・シフト

中学生の息子は、この夏、「相対性理論」についてレポートを書き、自由研究として学校に提出しました。テレビのCMに出ていた「e=mc²」という方程式について、いろいろ質問されたので、「それを自由研究にしてみたら?」と提案したのです。私も大学の頃は、関心のあるテーマで、かつてはいろいろ本(入門書ですが)を読んだこともありました。

大学のクラスで、一番インパクトがあったのは、1年の哲学の授業です。理科系の学生向けに、この先生は、自然科学における「パラダイム・シフト」のお話をされました。パラダイムというのは、科学研究の土台となる大きな枠組みのことで、その枠組みが根本から変わってしまうのが、「パラダイム・シフト」です。「科学革命」とも、呼ばれるそうです。17世紀に、天動説から地動説に変わったのがパラダイム・シフトであり、また20世紀に、ニュートン力学からアインシュタインの相対性理論に「進化」したのも、そうだというお話でした。

何よりも衝撃的だったのは、またいつでもこのパラダイム・シフトは起きる可能性があり、科学理論はすべて、土台とするパラダイムの枠内の「仮説」にすぎない、という点でした。最近は、「99.9%は仮説」という本が売れていたようですが、30年近い前の当時は、そんな話は、まったく初めて聞く内容でした。「科学法則は絶対」と思い込み、理科系の学科に進学しようかと当初、考えていた私は、それこそ自分の「パラダイム」が揺り動かされるような衝撃を受けたのです。

「世界は人間中心ではなく、創造主なる神様を中心として動いている。ただ意味もなく、偶然に宇宙が誕生したのではなく、すべては神様の計画の下、詳細な設計図に基づいて組み立てられた」と考えるのも、大きなパラダイム・シフトです。大学1年の哲学のクラスが、創造主なる神様への信仰の準備になったとすると、これも本当に不思議なめぐり合わせでした。

「神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行われるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。」(伝道者の書3:11、新改訳第3版)

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コメント

この記事、面白かったです。よく意味も知らずにカタカナ言葉を受け容れていることの多いかもしれない日本人に、先生のような方が必要だと思います。このブログで先生のことを色々知っています。シャローム

投稿: 原田治子 | 2006年9月22日 (金) 07時21分

治子さん、コメントありがとうございました。この記事は、ちょっと難しかったかな、と思っていたのですが、面白かったのは良かったです。コメントで、励まされました。祝福がありますように。

投稿: shigeki | 2006年9月22日 (金) 12時48分

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