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2006年9月23日 (土)

結婚

恋愛とか結婚について、話をするのが苦手な男性は結構、多いのではないかと思いますが、私もその一人です。妻と初めて出会ったのは、85年の冬で、妻の25歳の誕生日前日でした。晩婚化が進み、結婚しない人も増えた今は、死語のようになりましたが、当時は、「クリスマスケーキ」という言葉をよく耳にしました。クリスマスケーキが、12月25日になると売れなくなるのと同様に、25歳になるとなかなか結婚できない、などと言われたものです。24歳最後の日に私と出会ったのは、神様の絶妙なタイミングだったのでしょうか。

どんな人と結婚して、どんな家庭を築いていくか、ということは、しばらく前から考えていました。それまで、いろいろな人の思いを聞き、さまざまな家庭の様子を眺めて来ましたが、長年、夫婦円満でい続けることは、簡単ではないと痛感していました。ただ一時的な感情ではなく、いつまでも良好な関係を築いていくには、夫婦がともに立ち返ることのできる、共通の土台のようなものが必要ではないか、と思いました。そして、クリスチャンになった時、それは、神のことばである聖書だと気づいたのです。

妻は、86年2月に洗礼を受けました。私も彼女に、聖書の話をずいぶんしましたが、彼女としても自分の人生を振り返って、考えるところがあったようです。最初の頃は、「牧師の奥さんは、クリスチャンじゃなきゃいけないの?」とか聞いていたので、信仰を持ってくれた時は、やはり彼女が結婚すべき相手なのだと確信し、ホッとしました。洗礼式の後、すぐに近くのお花屋さんに行って、赤いバラの花束をプレゼントしました。「たいへん安くて、1,700円だった」と、口走ったようです。私は覚えていないのですが、妻は、しっかり覚えていました。余計なことは、言うものではありませんね。

87年7月に私の実家がある札幌で結婚しましたが、その時、私は所沢、妻は函館でしたので、準備がたいへんでした。ずいぶん働かされたと、後から父がぼやいていました。当時、大通りにあった札幌のフォースクエア教会が狭いので、すぐ近くのルーテル教会の会堂をお借りすることになりました。できたばかりの真新しいビルで、音楽ホールの上の階に、パイプオルガンと木のベンチという、素敵な会堂がありました。そこでの結婚式は初めてだとのことでしたが、牧師の先生に伺うと、何と、私が幼稚園や日曜学校、そして英語のクラスに通った教会が、そこに移転してきたというのです。神様は、そんな所にも、サプライズを用意されていました。

「神である主は仰せられた。『人が、ひとりでいるのは良くない。わたしは彼のために、彼にふさわしい助け手を造ろう。』」(創世記 2:18、新改訳第3版)

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