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2006年10月16日 (月)

愛する家族を形成する(Iテモテ5章)

Flr061015 昨日の礼拝のテーマは、「愛する家族を形成する」ことでした。 聖書が語る教会とは、特定の場所や建物ではなく、イエス・キリストを信じ、「神の家族」とされた人々のことを言います。「家族」ですから、さまざまな年齢層の人たちが集まります。神様の不思議なご計画により、一つの家族として結び合わされ、互いに愛し、受け入れ合う関係を築く、世代を超えた共同体、それが教会なのです。

愛とは、自由意志に基づくものです。強制や洗脳によって生まれた関係は、支配であり、愛ではありません。神様は人間を、自由意志をもった存在として、創造されました。それは、神様が人間を愛して下さっているのと同じように、人間も、自らの自由意志に基づいて神様を愛し、また人間同士、互いに愛し合うことができるようにという目的があったからです。

愛する関係を築くため、教会では互いにどのように接するべきか、大切なキーワードは、「勧める」、そして「敬う」という二つの言葉でした。指導をする人は、人を支配したり、操作するのではなく、聖書に基づいた「勧めのことば」を語ります。そして指導される側の人は、指導者に敬意を払い、語られた内容が本当に聖書に基づいているかどうかを吟味しつつ、勧めのことばを受け入れます。そこにあるのは、支配・被支配の関係ではなく、自由意志に基づいた愛の関係なのです。

「神の家族」としての教会は、決して強制や洗脳といった方法によって、形作られるのではありません。愛を土台とした勧めのことばが語られること、そしてそれを自由意志に基づいて受け入れていくことにより、形成されていくのです。

「年寄りをしかってはいけません。むしろ、父親に対するように勧めなさい。若い人たちには兄弟に対するように、年とった婦人たちには母親に対するように、若い女たちには真に混じりけのない心で姉妹に対するように勧めなさい。」(Iテモテ5:1-2、新改訳第3版)

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