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2006年10月 3日 (火)

ラルフ・モア

ハワイに、有名な牧師が2人います。ラルフ・モアとウェイン・コデイロというお二方で、両方ともフォースクエアの牧師です。(「フォースクエア」という名より、彼らの教会名である「ホープチャペル」や「ニューホープ」の方が知られていると思いますが…。)所沢で開拓を始めた牧師は、函館にいた頃から、このうちの一人、ラルフ牧師の影響を受けていました。

私も85年、洗礼を受けてすぐハワイに行き、その教会を訪問したことがあります。ホープチャペル・カネオヘ(当時)は、学校の体育館を借りて、礼拝を行っていました。「教会は建物ではなく、人の集まりである。だから、お金をかけるなら建物ではなく、人材育成のためにかける」というのが、ラルフ牧師の考え方でした。

礼拝が始まると、ギターを弾く男性とボーカルの女性の若いコンビが、現代風の賛美をリードします。私はまだ、牧師に会っていなかったので、牧師はどこにいるのだろう、ときょろきょろ周りを眺めていました。賛美が終わったところで、アロハシャツにショートパンツの男性が、マイク片手に前に出て来ました。「お知らせ」でもするのかと思いきや、その人こそが、ラルフ本人だったのです。礼拝では必ずフォーマルウェアという、牧師の「固いイメージ」が打ち砕かれた瞬間でした。

ラルフ牧師は、人材育成について、独自の哲学を持っていました。牧師を育てるのは学校(神学校)ではない、というものです。「すべての生物は、同じ種類の生物を生み出す。犬は犬を生み、猫は猫を生む。神学校の教師は神学校の教師を生み、牧師は牧師を生む」というのが、彼の考えでした。つまり、師匠となる牧師が、将来の牧師候補生たちを、教会の実際的な働きを通して育てていくべきだ、と主張していたのです。最近は、メンタリングやコーチングが注目されるようになりましたが、ラルフ牧師は20年以上前からこれを実践し、神学校を持たずに、何百人という牧師たちを育てていきました。

87年に所沢の教会開拓を手伝い始めた時、私は、洗礼を受けて2年足らずでしたが、その後の数年間で実に多くのことを学びました。教会学校で中高生を教え、教会学校の校長として他の先生方をまとめ、日曜の礼拝では賛美の奉仕をし、土曜の礼拝では司会、通訳、そして月に1度、メッセージ(説教)までしました。バンドのボーカルとして他の教会に奉仕に行くこともあり、また、小グループのリーダーも経験しました。その他、月一度の特別集会やクリスマスのイベントを、スタッフの一人として取り仕切ることもありました。こうして数年後、神学校で学ぶ機会を得た時には、各教科が実践の中でどのように役立つのか、よく理解することができたのです。

「すぐ神学校に行くのではなく、まず教会の働きを経験した方が良い」という、かつての牧師の助言は、実に的を射ていたと言えます。

「忠告を聞き、訓戒を受け入れよ。そうすれば、あなたはあとで知恵を得よう。」(箴言19:20、新改訳第3版)

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