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2006年11月28日 (火)

ドラッカー

「経営学の父」と呼ばれる、ピーター・F・ドラッカーの著作を読み始めたのは、88年に会社勤めをするようになった時だったと思います。所沢から池袋に出て、山手線外回りで神田まで行きましたが、往復3時間の通勤時間は、たっぷり読書をすることができました。ドラッカーの著作に関心を持ったのは、聖書的に考えると、企業とは一体、何であって、何をすべきなのか、自分なりに答えを出したいと思っていたからです。

「企業=営利組織ではなく、企業の目的は、顧客を創造することである」とするドラッカーの見解は、たいへん印象的でした。「会社は、利益を上げるために存在する」というのが、私の周りの人々の「常識」だったからです。企業は、人々が求めているものを見出し、それを満足させるために存在していると考えると、それは広い意味での社会貢献活動ととらえられ、松下幸之助の「企業は公器である」という主張にもつながります。聖書から見ると、それは「人の必要に仕える」行為なのだと理解することができました。

ピーター・ドラッカーはクリスチャンで、信仰と教会への関心が、経営学研究の道につながったようです。13歳の時、宗教のクラスを教えていた牧師が、「君たちは、どのような人として人々に記憶されたいか」と聞いたそうです。「今、答えられるとは思わない。でも、50歳になっても答えられなければ、人生を無駄にしたことになるよ」とも言われました。同級生たちは、60年ぶりの同窓会を開いた時、皆、その言葉を覚えており、その言葉で人生が変わったと言ったそうです。

ドラッカーは、昨年11月、95歳で天に召されました。若くして神様と出会い、その信仰をベースとして数多くの著作を発表し、その革新的な経営思想は、世界中に大きな影響を及ぼしてきました。「どんな人として、人々に記憶されたいか。」ドラッカーは、晩年に至っても、これを自ら問い続けたそうです。私たちも、神様から与えられている天命を全うし、有終の美を飾った人として、人々の記憶に残りたいですね。

「 しかし、あなたは、どのような場合にも慎み、困難に耐え、…自分の務めを十分に果たしなさい。」(IIテモテ4:5 、新改訳第3版)

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