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2006年11月 6日 (月)

恵みによって強くされる(IIテモテ2章)

Flower061105 聖書の中で、「恵み」という言葉は、特別な意味を持っています。ヘブライ語では、「ヘセド」(chesed)、ギリシヤ語では、「カリス」(charis)という語になります。(ちなみに英語では、「グレイス」(grace)です。)それは、「本来、与えられる資格のない者に対し、神様が一方的に与えて下さる良いもの」という意味になります。

私たち人間は、どんなに自分で努力しても、神様の完全な基準に、とうてい達することができません。私たちが神様から与えられるプレゼントは、当然、受け取る資格があるから獲得できる賞品や報酬ではなく、神様が限りない愛をもって、ただ一方的に与えて下さる、天からの授かり物なのです。

神様は、恵みによって天地万物を創造され、恵みによって人にいのちを与え、恵みによって私たちが、意味と希望のない人生から救われる道を備えて下さいました。目的をもってすべてを造られた神様から離れ、生きる目的を見失ってしまった私たちに対し、イエス・キリストによって、もう一度、人生の意義を再発見できる可能性が与えられたのです。これは、神様の恵みに他なりません。

昨日の礼拝では、「恵みによって強くされる」ことについて、お話しました。神様は、生きる力を失ってしまいがちな私たちに対して、必要かつ十分な力をも、与えて下さいます。私たちは、聖書の語る真理を知り、そのことばにとどまることによって、力が与えられます。私たちのために命を捧げて下さり、いつも愛して下さっている主イエスを思うことにより、力が湧き上がってきます。そして、その教えを周りの人に分かち合うことにより、互いに強められていくのです。

使徒パウロは、自分の死後も、「愛する子」テモテが力強く生きていくことを願っていました。そして、その力は、ただ神様の恵みによって与えられることを、愛弟子に伝えたかったようです。

「そこで、わが子よ。キリスト・イエスにある恵みによって強くなりなさい。」(IIテモテ2:1、新改訳第3版)

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