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2006年11月 9日 (木)

宮本武蔵

松本道弘さん(http://lifestream.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_5b28.html)の著書にしばしば登場するので、私も、「宮本武蔵」を読んでみることにしました。大学の3年か4年の頃です。最近は漫画「バガボンド」が注目され、NHKの大河ドラマにもなりましたが、私が読んだのは、講談社文庫版の吉川英治さんの作品です。もともとは、1930年代に朝日新聞の連載小説だったようです。

「――どうなるものか、この天地の大きな動きが。もう人間の個々の振舞いなどは、秋かぜの中の一片の木の葉でしかない。なるようになってしまえ。武蔵(たけぞう)は、そう思った。」という、関が原で敗残兵となってしまった武蔵の、物語冒頭の言葉から、

「波騒(なみざい)は世の常である。波にまかせて、泳ぎ上手に、雑魚(ざこ)は歌い雑魚は躍る。けれど、誰か知ろう、百尺下の水の心を、水のふかさを。」という、巌流島での勝利直後の、結びの言葉に至るまで、一気に読み通しました。吉川文学の流れるような、美しい日本語にすっかり魅了され、いっぺんに宮本武蔵のファンになってしまいました。

特に印象に残ったのは、暴れん坊だった武蔵が、沢庵との出会いを通して「悔い改め」、剣を通して、人としての道を究めようと決意する場面です。武蔵は剣を手にし、「これに生きよう! これを魂と見て、常に磨き、どこまで自分を人間として高めうるかやってみよう!」と 決心しました。私も、何かを通して自分を高めたいと思いましたが、特に格闘技をしていた訳でもなく、自分にとって剣とは何なのか、その時はよく分かりませんでした。

今は、聖書に記されるみことばを通して、神様が人格的な完成へと少しずつ導いて下さることを信じ、感謝しています。神のことばは、人生の戦いに勝利していくため、聖霊なる神様が与えて下さる剣であるとも、聖書に書かれています。

「救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。」(エペソ6:17、新改訳第3版)

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