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2006年12月 4日 (月)

万軍の主に望みをかける(イザヤ8-9章)

Tree061129 昨日から、アドベントに入りました。アドベント (Advent) とは、キリストの降誕を待ち望む期間のことで、クリスマス・イブまでの約4週間のことを言います。日本語では「待降節」または「降臨節」と呼ばれるようです。ろうそくを4本用意し、最初の日曜日に一本目のろうそくに火をともし、週ごとに1本ずつ増やしていく、という習慣もあります。最近は、11月早々からクリスマスの飾りつけがなされるようになってきましたが、私たちの教会では、毎年、アドベントが始まる日から、ツリーやリースを飾っています。

キリストの誕生については、古くから多くの預言がなされてきました。アダムとエバ(イブ)のいたエデンの園において、キリストは、彼らの子孫として来られることが告げられました。紀元前2100年頃、キリストはユダヤ人の子孫として生まれることが、予告されました。紀元前1000年頃には、キリストはイスラエルの王・ダビデの家系に誕生することが、示されています。紀元前750年頃には、キリストは、ベツレヘムの町に生まれ、全人類の罪の身代わりとなって死なれることが、預言されています。

紀元前700年代に活躍した預言者イザヤは、キリストの預言を残した一人でしたが、彼は、どんなことが起きようとも、最終的に勝利を与えて下さる神様に、希望を持っていました。イスラエルの国は、神様に従わなくなった結果、滅びようとしていました。しかし、神様は、苦難と悲しみの先に、回復の時を用意しておられ、永遠の平和をもたらす王が生まれることを、イザヤを通して、人々に告げられたのです。

「万軍の主」とは、すべての戦いに勝利をおさめる「力ある神」、全能の神様という意味です。このお方が、アダムの子孫、つまり人間の子として、私たちに平和と希望をもたらすため、お生まれになりました。どんなに絶望的に見える、真っ暗闇のような状況の中にも、神様は光を照らすことができます。イエス・キリストは、闇に光を輝かせるため、私たちのもとに来られました。このクリスマスの時期、「万軍の主」なる神様に、希望を見出していきたいですね。

「ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は『不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君』と呼ばれる。その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に着いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これをささえる。今より、とこしえまで。万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。」(イザヤ9:6-7、新改訳第3版)

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