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2006年12月 8日 (金)

事業部制

サラリーマンの時は、経営者やビジネスマン向けのセミナーにも、いろいろ出席させていただきました。忙しくて行けない人の代理として、私が参加し、レポートを作成するわけです。いくら残業しても仕事が追いつかない他の人と比べれば、いつも定時に帰っている私は、かなりヒマだったのでしょう。

経営コンサルタントの先生方から、薬師寺の管主だった高田好胤氏や、田中角栄元総理の秘書だった早坂茂三氏に至るまで、さまざまな方々のお話を聞かせていただきました。高田好胤氏や早坂茂三氏は、話の進め方から話法まで、さすがにプロだと、変なところに感心しました。数多くのセミナーの中、内容的に一番、印象に残ったのは、元松下電器の幹部の方のセミナーで、事業部制に関するものです。

松下電器は1918年、松下幸之助が23歳の時に、創業されました。最初は、幸之助夫妻と義弟の3人で、電灯用の配線器具を製作、販売しましたが、その後、電池式ランプ、アイロン、ラジオと製品分野を広げていきます。1933年には、ラジオ、ランプ、配線器具をそれぞれ担当する3つの事業部を設置し、各製品分野別に開発、生産、販売について一貫して責任を持つ、独立採算制の組織となります。事業ごとに責任者を一人置いたことは、経営責任を明確にし、また将来の社長候補の育成にもつながりました。

教会と企業という、2つの「組織」に身を置いていた私にとって、この話は、ずいぶん考えさせられました。教会では、ハワイのラルフ・モア牧師の影響の下、「ミニチャーチ」(別名「コイノニア」あるいは「セル・グループ」)と呼ばれる小集会が開かれ、ミニチャーチのリーダーは、その集会の牧師としての働きをしていました。ラルフ牧師にとってミニチャーチは、教会の多様な働きをできるだけ多くの人に担ってもらい、人々の細かなニーズに応えるものであり、また将来の牧師を育成するための場だったのです。ミニチャーチのリーダーから、多くの牧師が誕生することになります。

一方、私の会社の方は、製品分野が多岐にわたっているにも関わらず、開発、製造、販売、管理という働きごとに区分された機能別組織をとっていました。そのセミナー以降、製品分野ごとの事業部制に再編した方が良いのではないか、と私は考え始めます。その思いは、その後に始まる「全社運動」への一つの素地となりました。

ミニチャーチと事業部制に共通するのは、小さな範囲の職責を十分に果たし、実績を積んだ人に対し、さらに大きな職務が委ねられるという考え方です。聖書の中に、家の主人がしもべに財産を預けて旅に出る、「タラントのたとえ」という話がありますが、そこにも同様の原則が記されています。

「その主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』」(マタイ25:21、新改訳第3版)

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