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2006年12月15日 (金)

バスを降りる時

新経営陣の下、会社の組織も一新され、機能別組織から製品分野別の事業部制へと移行します。事業部制にすることは、21世紀委員会の提言の一つでもあり、活動の中間報告を受け、組織変更に踏み切ったのかと、少し期待しました。ところが、「上の方」から間接的に聞こえてくる話によると、どうもそうではないようです。全社運動とはまったく関係なく、新経営陣が独自の判断により、事業部制にしたと言うのです。この出来事は、運動の結末を暗示しているようでした。

21世紀委員会の最終提言発表会は、社長以下、経営幹部も出席し、盛大にとり行われました。しかし、社内での扱いは、あたかも「学習発表会」のようで、下々の思いを、お上がただ「聞き置く」というような結果になってしまいました。新経営陣にとっては、ほとんど意味のない活動だったのでしょう。提言内容への上からの回答は、「シカト」というものでした。

全社運動が終わった頃には、総合企画部も、私以外は皆、新しいメンツに一新されていました。入社時に「2、3年で辞める」と言った時、「まあ、そう言わずに、ずっといて下さい」と言って採用して下さった方々は、「そして誰もいなくなった」(アガサ・クリスティ?)状態です。私も、抹殺される前に(笑)、そろそろこの「バス」を降りる時かなぁと、感じ始めました。教会の方も、「実地訓練」が一区切りしたため、すでに米国の神学校への留学準備を始めていたのです。

退職願の提出後、4年間お世話になった会社を、愛する妻にも見せてやりたいと思い、有給休暇が切れる最終日に、家族でご挨拶に伺いました。4歳になったばかりの長女は、女の子たちの人気者となり、「おとうさん」と娘が言うと、「『おとうさん』だって」と女性たちの笑い声がしました。私が父親らしく、見えなかったのでしょう。お昼ごはんは、普段はほとんど縁のなかった近くの高級料理屋で、美味しいウナギをご馳走になりました。

全社運動で親しくしていただいた経営コンサルタントの方からは、「まだ辞め時ではない」と言われ、また教会に新たに赴任した牧師からは、「もう1年、所沢にいてもらえないか」とも言われました。しかし、31歳になっていた私の年齢、子どもの教育、仕事の区切り等を考え合わせると、その時しか、留学のチャンスはなかったように思います。何より、米国留学は大学にいた頃からの夢であり、何年も待ち続けた末、ようやく神様がゴーサインを出して下さったように、感じていたのです。

「天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。」(伝道者の書3:1、新改訳第3版)

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