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2007年1月15日 (月)

主から新しい力を得る(イザヤ41章)

昨日の礼拝は、イザヤ書41章を開き、「主から新しい力を得る」ことがテーマでした。イスラエルの民は、神様のことばを伝えるという重要な使命を帯びていたにも関わらず、神様に従わなくなった結果、祖国を失ってしまいます。バビロニアがイスラエルを懲らす国として神様に用いられ、イスラエルの国(ユダ王国)は滅び、その民の多くはバビロニアに連れて行かれます。これが、紀元前6世紀に起きた「バビロン捕囚」です。

しかし、選びの民イスラエルに対する神様の計画は、これで終わりではありませんでした。神様は、彼らの国を滅ぼすだけではなく、その国を再び回復させる計画をも、お持ちだったのです。そのために用いられたのが、ペルシヤ王クロスでした。彼は、バビロニアを滅ぼし、捕われの身だったユダヤ人たちを解放するのです。イスラエルの民は、「約束の地」に帰還し、国を再建することができました。

この捕囚と帰還の出来事は、驚くべきことに、紀元前8世紀に生きた預言者イザヤによって、すでに予告されていたのです。神様は、歴史を背後から動かされるお方であり、国を失い、捕われの身となるような絶望的な状況の中に人々が置かれたとしても、いつもともにいて助けて下さいます。私たちの人生を見守り、生きていくための力を新たに注いで下さるのです。

イスラエルを滅ぼしたバビロニアのネブカデネザル王も、その後、国を再建させたペルシヤのクロス王も、彼らが知ろうと知るまいと、実は神様のみ手の中で動いているに過ぎませんでした。全知全能の神様は、すべてをそのみ手で治めておられます。私たちは、その真実を知る時、どんな状況の中にあろうとも、希望を持つことができます。神様から、いつも新しい力を得ることができることを感謝します。

「主の手がこのことをし、イスラエルの聖なる者がこれを創造したことを、彼らが見て知り、心に留めて、共に悟るためである。 」(イザヤ41:20、新改訳第3版)

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