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2007年1月29日 (月)

創造主なる神に聞く(イザヤ44章)

天地万物を創造された神様は、私たち一人ひとりに、愛をもって語りかけられるお方でもあります。愛する人に対して、私たちは、その愛を言葉や行動を通して、伝えたいと強く願います。なかなか理解してもらえなくて、切ない思いをする時もあります。天の父なる神様も、同様に、ご自身の全き愛を、私たちに伝えたいと願っておられるのです。

昨日の礼拝テーマは、「創造主なる神に聞く」ことで、イザヤ書44章を開きました。この聖書箇所で、神様は選びの民イスラエルに対し、三つのメッセージを語っておられます。その第一は、約束のことばです。神様は、彼らを選び、創造し、助け、祝福するという約束を与えて下さっています。そして、その約束が、イスラエル以外の民族にも広がっていくと語られています。イエス・キリストを信じることにより、今は、世界中の人々が神の選びの民となることができるのです。

第二のメッセージは、宣言のことばです。創造主なる神様は、唯一の永遠なる神であり、将来の計画についても、確かなことを告げられる、ただ一人のお方であることが宣言されています。その点で、人間の作った偶像の神々とは、まったく異なるわけです。そして、真の神様を信じる者たちは、創造主のことばを伝える証人とされるとも、宣言されています。

第三のメッセージは、呼びかけのことばです。神の民は、創造主のことばを伝える重要な使命を担っていることを自覚するよう、神様が呼びかけられています。救われたことを忘れず、いつも神様のもとに立ち帰るよう、教えられています。そして、救いの喜びを賛美を通して表現することも、呼びかけられているのです。

私たちは、ただ一方的に神様に祈るだけではありません。神様も、私たちに語って下さるのです。自然の景観や日常の出来事を通して、語られることもあります。聖書のことばや心に与えられる印象を通して、語られることもあります。実際に、「天の声」が聞こえることもあります。天の父なる神様が語られる愛のことばに、いつも耳を傾けていきたいですね。

「イスラエルの王である主、これを贖(あがな)う方、万軍の主はこう仰せられる。『わたしは初めであり、わたしは終わりである。わたしのほかに神はない。』」(イザヤ44:6、新改訳第3版)

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