« 寮生活 | トップページ | 留学の時 »

2007年2月12日 (月)

主の勝利に期待する(イザヤ46章)

Flower070211 昨日の礼拝テーマは、「主の勝利に期待する」ことで、イザヤ書46章を開きました。イザヤ書というのは、紀元前8世紀に生きた預言者イザヤによる預言をまとめたものというのが、伝統的な理解です。全部で66章あり、大きく分けて、1~39章の「さばきの書」と40~66章の「慰めの書」という、二つの部分に区分されます。これが旧約聖書39巻、新約聖書27巻に対応しているようにも考えられ、救い主の福音(良い知らせ)を力強く伝えるメッセージが、数多く記されています。

46章のメッセージは、捕囚の地にあって、神様の約束をなかなか信じようとしないイスラエルの人々に対して、語られたものでした。目の前に見えることだけから判断すれば、彼らがバビロニアの地から解放され、国を再興することなど、不可能としか思えなかったはずです。しかし、そのような人々に対し、神様は、「必ず勝利を与えるから期待しなさい」と励まされたのです。神様は、どんな絶望的に見える状況をも、変えることのできるお方だからです。

創造主なる神様は、私たちを、生まれる前から背負われており、年をとっても同じように背負い、救って下さると語られています。かつてエジプトの地からイスラエルの民を解放したように、神様がお告げになった計画は、必ず成し遂げられると宣言されています。そして、定められた時機が来たら、勝利がもたらされることを約束して下さっているのです。

神様は、私たち一人ひとりが置かれている状況を、すべてご存知です。そして、自分の力では、もうどうしようもないと思ったとしても、神様はその中から、私たちを救い出して下さることのできるお方なのです。イエス・キリストは、私たちを罪の中から、死の力から、絶望の暗闇から救い出して下さいました。そして今、私たちを「圧倒的な勝利者」として下さっています。私たちは、この勝利を約束して下さっているお方に、いつも信頼し、期待していきたいですね。

「わたしは、わたしの勝利を近づける。それは遠くはない。わたしの救いは遅れることがない。」(イザヤ46:13、新改訳第3版)

|

« 寮生活 | トップページ | 留学の時 »

礼拝」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/186781/13882298

この記事へのトラックバック一覧です: 主の勝利に期待する(イザヤ46章):

« 寮生活 | トップページ | 留学の時 »