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2007年4月13日 (金)

嗅覚

私は、小さい頃から鼻炎気味で、小学校の頃、よく耳鼻科に通っていました。大学の頃は、手術を勧められたこともありますが、「セカンドオピニオン」に従い、手術しませんでした。花粉症を「発症」したのは、おそらくトラック運転手の頃です。それから春と秋には、耳鼻科医のお世話になり続けています。

そのせいかどうか、他の人と比べ、嗅覚が弱いような気がします。妻や子どもたちほどには、においをかぎ分けることができません。しかし、そんな私でも、はっきりと分かる「におい」はあります。明らかな良い匂いと悪い臭いですね。

ロスのダウンタウンにあったホームレスの教会に行くと、あまり良い匂いはしませんでした。中心部のビル街に近い場所ですが、そこはアメリカではなく、「第三世界」(今は、あまり聞かないかな?)のようでした。教会は、野菜か何かの配送センターの一角で、日曜ごとに椅子を並べ、マイク、ミキサー、アンプ、スピーカー等のPA(音響)機器を設置しました。

日陰ではありましたが、きちんとした屋根がなく、礼拝中も気を付けていないと、その辺を飛び回っているハトからの「落下物」があります。ギターを弾いて歌っている時も、メッセージを聞いている時も、チラチラと天を仰ぎ、それなりの「緊張感」がありましたね(笑)。

ある日、礼拝に行くと、誰かがトイレ代わりにしたのか、壁にそれらしき痕跡と臭いが残っています。誰も特にコメントしませんでしたので、私も知らんぷりして、いつものようにその壁を背に賛美リードをしました(苦笑)。ホームレス教会ならではの出来事でしょう。

私たちが属していたロス郊外の教会は、対照的に、良い匂いに満ちていました。ミドルクラス(中流家庭)中心の教会でしたが、日曜朝はスーツやドレスの人が多く、そのような人は性別や年齢に関わらず、皆さんが香水をつけていました。牧師夫妻もそうで、ハグをすると、こちらに良い香りがうつりそうです。日本では、牧師が礼拝に香水をつけて来るというのは、ちょっと考えられなかったので、少々、カルチャーショックでした。

グッドニュース(よい知らせ)を伝える「レポーター」とされたクリスチャンは、世界中をキリストの良い香りで満たしているようだと、使徒パウロは例えています。私たちが訪れるすべての場所において、神様の愛の「かぐわしい香り」を放っていきたいですね。

「しかし、神に感謝します。神はいつでも、私たちを導いてキリストによる勝利の行列に加え、至る所で私たちを通して、キリストを知る知識のかおりを放ってくださいます。私たちは、救われる人々の中でも、滅びる人々の中でも、神の前にかぐわしいキリストのかおりなのです。」(IIコリント2:14-15、新改訳第3版)

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