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2007年4月11日 (水)

色彩感覚

アメリカと日本で、大きく違った点の一つは、色彩感覚でしょうか。今は、ずいぶん変わっているでしょうが、以前は、どちらかというと日本では、少し落ち着いた感じの色を着こなす人が多かったように思います。「わび・さび」以来の伝統でしょうか。特に年配の人は、今でもあまり派手ではないですね。しかしアメリカでは、年齢に関わらず、ブロンドの髪の毛に赤や緑といった原色の服を着た人を、ごく普通に目にしました。

私は、今でも心に焼き付いている、ある情景があります。それは、高校1年の夏休み、カリフォルニアから帰ってきた時に見た、浜松町の駅の様子です。ショートカットの黒髪、ダークスーツと渋いネクタイに身を固めたサラリーマンの「群れ」が、足早に動き回っている光景でした。その時、私は、カラーの世界から突然、白黒の世界に舞い戻ってきたような、不思議な感覚にとらわれたのです。

92年に渡米した時、再び、カラフルなアメリカ社会を目にしました。何しろ肌の色に目の色、髪の毛の色(そして背の高さと体型!)が千差万別であり、各人が自分に似合う配色の衣装を身にまとうと、日本では考えられないくらい多くのパターンがあります。日曜の礼拝に来る人たちも、皆さんとてもおしゃれで、色とりどりのファッションを身に着けていました。

イースターの時には服を新調する、という習慣があるらしく、復活祭の礼拝には、新しいスーツとドレスを着た人たちを多く目にしました。友人の一人に、「いい習慣だね」と言うと、ちょっとシブい顔で、「高い習慣だ(expensive custom)」との返事です。奥さんが毎年、いい値段のドレス(とアクセサリー?)を買う口実になっていたのでしょう(苦笑)。

私も留学中は、日本ではできないようなド派手なネクタイを締めてみたり、それまで来たことのない紫色のTシャツを着てみたりしました。帰国した時には、すっかりアメリカ的な色彩感覚に染まっていたのか、夏に真っ赤な車、冬には真っ赤なダウンジャケットを購入します。その後、車は紺色に買い替え、ダウンジャケットはすっかり色あせてしまいました。今は年齢のせいか、再び「ジャパナイズ(日本化)」されたせいか、もう、同じ色のものは買えないですね(笑)。

天国に集まる世界中の人々は、ひょっとしたら白い衣だけでなく、色とりどりの「民族衣装」も身にまとっているかもしれませんね。モノトーンな世界ではなく、たいへんカラフルな新天地だとしたら、そこにどんな色が使われているのか、ちょっと楽しみです。

「諸国の民が、都の光によって歩み、地の王たちはその栄光を携えて都に来る。…こうして、人々は諸国の民の栄光と誉れとを、そこに携えて来る。」(黙示録21:24、26、新改訳第3版)

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