« 名探偵コナン | トップページ | 遺品 »

2007年5月 2日 (水)

送別の祈り

父が肝臓がんで、もう手術ができない状態だということは、少し前から知らされていました。子どもたちが春休みの3月、「おじいちゃん」がまた入院したと聞いたので、家族でお見舞いに行くことにします。定山渓のホテルに泊まり、翌日、病院に行くと案外、元気なようすでした。

父自身はただ、自分の死期が迫っていると感じていたのか、入院中に「自分史」を書き上げていました。ラップトップを購入し、ベッドの上で、キーボードを打ち続けたようです。こっそりと病院を抜け出して、近くの書店に辞書を買いに行った日もあったとのこと。後から母が、「あれでいのちを縮めたよね」と苦笑していました。

3月のお見舞い時には、その「自分史」が刷り上っていて、父は満足そうでした。自分の足で歩き回り、洗濯もし、アイスクリームもカステラも自由に食べています。母は、医師から「5月までもたない」と言われていたようですが、そんな言葉がまったく信じられないほど、元気に見えました。

私は、4月の教会総会の後、5月末には教団の総会が予定されていました。教団の「書記局長」になって初めての総会であり、資料準備に大わらわでした。父は、4月に入ってから急に容態が悪化したようでしたが、3月の元気なようすが目に焼きついている私には、母から電話で病状を伝えられても、あまり実感がわきません。ですから、弟から電話があった時も、半信半疑でした。

仕事の区切りを付け、2001年5月2日の朝、高速バスで札幌に向かいます。父は、もう意識がなく、血色も悪く、1ヶ月ほど前とは、まるで違っていました。少し状態が落ち着いていたので、家族を連れてくることにします。夕方のバスでとんぼ返りし、翌朝6時半頃、車で七飯を出発しました。すると7時過ぎ、八雲のあたりだったでしょうか、携帯に弟から電話が入ります。私が帰った後、前夜遅く、父は天に召されたとの知らせでした。

クリスチャンのお見舞いに行く時は、最後に必ず一言、祈ります。父の場合も、そうでした。祈っている時、感じたのは、もう別れの時が「カウントダウン」され、間近に迫っていることでした。しかし、父は救い主イエスを信じ、「天国のいのち」がすでに与えられていたので、私は平安のうちに、神様にすべてをゆだねる祈りをすることができました。思えばあれが、主のみもとに送り出す「送別の祈り」だったのでしょう。父も少し、祈りに反応したかのように見えました。

神様が、イエス・キリストを信じるすべての人を、天国に招き入れて下さっていることを感謝します。

「イエスは、彼に言われた。『まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。』」(ルカ23:43、新改訳第3版)

|

« 名探偵コナン | トップページ | 遺品 »

プレイズリポート」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 送別の祈り:

» 個人出版(自費出版)実践マニュアル〈2007年版〉 高石 左京(著) [本のある生活]
個人出版(自費出版)実践マニュアル〈2007年版〉 高石 左京(著) インターネットの世界で『両国の隠居』として知られる著者は、出版業界においても数社の社長を務めるなど業界の知恵袋として知る人ぞ知る存在です。数々のベストセラーを生み出す一方で中小出版社の経営者たちからの経営相談に乗り、出版社の再建や創業などを数多く手掛けてきました。今、「共同出版」業者の儲け主義一辺倒のやり方に真っ向から立ち向かい、出版とは何か、個人が本を手掛けることの意味と方法を提案しています。個人で本を...... [続きを読む]

受信: 2007年5月14日 (月) 22時01分

« 名探偵コナン | トップページ | 遺品 »