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2007年5月15日 (火)

タラ

先週土曜日、ご近所から、タラを2匹いただきました。そちらの奥様は、趣味が海釣りのようで、今、釣って帰ってきたばかりだというのです。いただいたのは、一番小さいという話でしたが、2匹とも体長50センチくらいあったでしょうか。海から直接、わが家まで泳いできたかのような、そのままの雄姿です。

妻は最近、手首の調子が良くないので、私が包丁を入れることにしました。私も、魚をさばくなど初めてなので、妻の指示に従い、まず頭を切り落とそうとします。出刃包丁はないので、普通の家庭用包丁で切ろうとするのですが、タラの表面がぬるぬるとすべり、なかなかうまく切れません。包丁も、切れが悪かったようですが、タラも最後の粘りを見せたのでしょうか(笑)。

「頭」と格闘している最中、うっかり口の中に指を入れ、小指を「噛まれて」しまいました。土曜夜と日曜朝の礼拝で、ギターを弾かなければならなかったので、作業が終わった後、しっかりと消毒し、止血しておきました。これも、タラの「粘り」だったかな(笑)。何年か前に、生きているホタテを初めていただいた時も、殻から身を取り出す際に、うっかり爪を傷めたことがあります。下手くそでも、一応ギター奏者なので、気をつけなければなりませんね。

頭は、妻がすぐ煮物にして、土曜夜と日曜昼にいただきました。日曜夜は、タラのクリームシチューです。たらこスパゲッティもついたので、「親子ディナー」でした。残った身は、味噌漬けにしたり、冷凍したようです。そう言えば、京都に行った長女も最近、味噌仕立ての「タラ汁」を作ったと言っていました。近頃、タラとご縁があるようですね。

私も東京で一人暮らしを始めた頃、タラのムニエルを作ったことがあります。「ムニエル」が何なのかもよく知りませんでしたが、料理の本に出ていたので、その通り作ってみました。その時のタラも、美味しかったですが、釣ってきたばかりのタラには、もちろんかないませんね。

聖霊なる神様は、いのちの水の川に例えられています。神様は、私たちにいのちを与え、成長する環境を整え、養い育てて下さいます。その水にたくさん群がる魚たちは、祝福の象徴なのでしょう。いただいたタラを通しても、私たちを祝福して下さった神様に感謝します。

「この川が流れて行く所はどこででも、そこに群がるあらゆる生物は生き、非常に多くの魚がいるようになる。この水が入ると、そこの水が良くなるからである。この川が入る所では、すべてのものが生きる。」(エゼキエル47:9、新改訳第3版)

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