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2007年6月11日 (月)

主の栄光を告げ知らせる(イザヤ66章)

日曜日ごとに、しばらく旧約のイザヤ書を開いてきましたが、昨日が最後の66章となりました。昨日のキーワードは、「栄光」です。手元の国語辞典を見ると、栄光とは、「困難を突破して、余人のなし得ないことをなし遂げた時の輝かしい状態」と説明されています。オリンピックで金メダルをとるようなイメージですね。

旧約聖書に記される「栄光」とは、多くの場合、人の状態のことではなく、神様がご自身の「姿」を現された状態のことを言います。モーセとともにエジプトから脱出したイスラエルの民は、彼らを導く雲の中に、主の栄光を見ました。幕屋や神殿で人々が神様を礼拝した時、神の栄光の雲がその場を満たしました。預言者たちは、幻の中で、主の栄光の目撃者となりました。

新約聖書では、イエス・キリストの姿や性質、その働きが現された状態のことを言い表しています。ご降誕を天使に告げられた羊飼いたちは、主の栄光に照らされました。人々を優しくつつむ愛や数々の奇蹟を通して、弟子たちは、主イエスの栄光の姿をまのあたりにしました。そしてクライマックスは、十字架と復活。すべての人の罪の身代わりとなって死んだ後、よみがえられた姿は、まさに「困難を乗り越え、誰にもできないことを成し遂げた輝かしい状態」です。

この世が終わる時、キリストは、栄光を帯びてもう一度来られると約束して下さっています。「新しい世」である天国が完成し、救い主への信仰により滅びをのがれた神の子どもたちが、主の栄光の素晴らしさを永遠に喜び楽しむためです。その「栄光の時」が来るまで、主イエスの十字架と復活の「栄光」を世界中に告げ知らせ、一人でも多くの天の仲間たちと、一緒に「新しい世」を迎えたいですね。

「…わたしは、すべての国々と種族とを集めに来る。彼らは来て、わたしの栄光を見る。…彼らはわたしの栄光を諸国の民に告げ知らせよう。」(イザヤ66:18-19、新改訳第3版)

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