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2007年7月16日 (月)

神との平和を喜ぶ(ローマ5章)

Flower070714 最近、子どもから、「日本国憲法の三大原則は何か」と質問されました。「国民主権」と「基本的人権の尊重」の二つは、すぐ思いついたのですが、三つ目が何だったか、なかなか出てきません。ローマ人への手紙5章を開いて、やっと思い出しました。「平和主義」ですね。これは、忘れてはなりません。

憲法の前文には、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚する…」とあります。ここに記される、「人間相互の関係を支配する崇高な理想」とは、何なのでしょうか。

私は憲法の専門家でも何もありませんので、憲法学ではどのように理解しているのか、分かりません。私の専門は、聖書のテキスト(本文)を読み、解釈し、聞き手の日々の生き方、考え方の指針となるようにお話しすることです。「聖書解釈学」の原則から言うと、言葉の意味を理解する上で重要なポイントは、文脈になります。

「文脈から解釈する」原則に従えば、おそらく、「…崇高な理想」は、「平和」あるいは「恒久平和」のことを言っているのでしょう。その直後の文中の、「専制と隷従,圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている」という言葉を考慮に入れると、「理想」には、「自由と民主主義」も含まれているのかもしれません。「自由」は、もちろん「基本的人権」の一つであり、「民主主義」は、「国民主権」につながっています。

では、これらの理想を日本人は「深く自覚」し、「国家の名誉にかけ、全力をあげて」達成しようとしているのでしょうか。昨今、見聞きする社会の状況を考えると、少々疑問な点が多いですね。

「私たちが互いに平和を保つには、まず神との間に平和な関係を築かなければならない」というのが、聖書の教える大原則です。イエス・キリストは、自ら命を投げ打って、私たちと神様との間の「平和の代償」を払って下さいました。その尊い愛を「深く自覚」し、その恵みを喜び、神の国の「名誉にかけ、全力をあげて」、平和を築く者となっていきたいですね。

「もし敵であった私たちが、御子(イエス)の死によって神と和解させられたのなら、和解させられた私たちが、彼のいのちによって救いにあずかるのは、なおさらのことです。そればかりでなく、私たちのために今や和解を成り立たせてくださった私たちの主イエス・キリストによって、私たちは神を大いに喜んでいるのです。」(ローマ5:10-11、新改訳第3版)

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