« 大和魂 | トップページ | 神のために実を結ぶ(ローマ7章) »

2007年7月27日 (金)

西欧文明の源流

西欧文明には、二つの源流があると言われます。ギリシア・ローマ文明とキリスト教です。ヘレニズムとヘブライズムという言い方がされる場合もあります。ヘレニズム(Hellenism)とは、ギリシア人(Hellenes)に由来する言葉、ヘブライズム(Hebraism)とは、ヘブライ人(Hebrews)、つまりユダヤ人に由来する言葉です。

二つの流れは、まったく違う方向性を持っていました。ギリシア・ローマ文化は、日本と同じ多神教で、世界の至るところに神々や英雄たちが存在し、人々は彼らを崇拝し、その神託(お告げ)を信じていました。神々は、きわめて人間に近い姿で、恋愛もし、ミスも犯したようです。労働は奴隷にまかせ、指導者たちは体を鍛え、哲学論議に花を咲かせました。

これに対して、ユダヤ-キリスト教文化はもちろん一神教で、創造主なる神は、被造物の世界を超越した無限の存在です。礼拝する者たちは、預言者たちによって語られる神のことばに耳を傾けました。神は、永遠の愛で人々を愛し、決して間違いは犯さない完全な存在です。労働は神の与えた務めであり、指導者は聖書を学び、神に従って国を治めることが期待されました。

紀元1世紀以降、多神教のローマ帝国において、迫害と殉教を乗り越えながら、唯一の神を伝える「宣教」の働きが拡大していきます。そしてとうとう、4世紀にはキリスト教が公認され、さらに帝国の国教とされるに至ります。これ以降、キリスト教信仰とギリシア思想とを統合させようという動きが強まり、中世のスコラ哲学へとつながっていきます。教会も、政治との関わりを深めていきました。

このキリスト教世界(Christendom)に大きな変化が訪れるのは、14世紀から16世紀に起きたルネサンスと宗教改革です。この二つは、中世の「暗黒時代」に縛られていた人々を解放した動きとして、同じように扱われることが多いですが、実は、まったく異なった方向を向いていました。

ルネサンス(Renaissance)とは、フランス語で「再生」という意味で、ギリシア・ローマ文化を復興させることでした。それは多神教が土台であり、人間中心主義的な色彩がありました。これに対して宗教改革は、ギリシア・ローマではなく、聖書に戻ろうという動きです。唯一の神以外の絶対的な権威を認めないという姿勢で、神中心主義と言えます。

ルネサンスの流れは、さらに18世紀の啓蒙主義(Enlightenment)へとつながります。それは、人間の理性をすべての中心に置き、理性の光で世界を照らし、理解していこうという考え方です。啓蒙主義により、キリスト教を母体として生まれた「科学」は、信仰から切り離され、「世俗化」することになりました。

明治維新以降、「和魂洋才」として、日本で積極的に吸収された「西欧文明」は、まず世俗化した科学であり、大戦後は啓蒙主義的な思想が主流となっているように思えます。しかし、啓蒙思想も世俗の科学も、倫理を語るには無力のようです。何が、人として守るべき道なのか、人間理性だけでは、一致した結論を出すことができないのでしょう。

聖書は、すべての知恵は、無限の知恵に溢れる創造主なる神様を信じ、礼拝する(「恐れる」)ことから始まると教えています。神様によって、知恵ある者とされ、人として守るべき道を教えられていきたいですね。

夏休みに入ってから、「自由研究」で検索した人のアクセスが増えているようですが、これは、自由研究のテーマになるかな?(笑)

「主を恐れることは知恵の初め、聖なる方を知ることは悟りである。」(箴言9:10、新改訳第3版)

|

« 大和魂 | トップページ | 神のために実を結ぶ(ローマ7章) »

歴史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 西欧文明の源流:

« 大和魂 | トップページ | 神のために実を結ぶ(ローマ7章) »