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2007年9月10日 (月)

キリストを着て生きる(ローマ13章)

Flower070909 礼拝では、牧師はスーツにネクタイというのが、今でも日本のプロテスタント教会の「ジョーシキ」かもしれません。しかし、ハワイやカリフォルニアのいくつかの教会を訪問し、ロスのホームレス教会で奉仕した私には、牧師は必ずしも背広姿でなくても良いように思えてきました。

会社勤めをしていた頃、礼拝に行く時は、スーツを着ないようにしました。礼拝でもスーツを着ると、ビジネスの延長線上のような感じがし、気分の上で、オンとオフの切り替えにならないからです。その頃は教会スタッフで、賛美リーダーの一人として人前に立つことが多かったので、カジュアルすぎず、かつフォーマルでもない服装を心掛けました。

七飯の教会には牧師として赴任しましたが、しばらく前から、礼拝でのスーツ・ネクタイはやめています。神の家族としての「みうち」の集まりに、「よそいき」の格好をしなくても良いだろう、という理由からです。その方が、タテマエではなく、ホンネのつきあいができるのではないか、という意図もあります。

使徒パウロは、ローマのクリスチャンたちに、「キリストを着なさい」と書き送っています。それはもちろん、主イエスと同じような服を身に付けることではありません。キリストと同じ心をもって、その品性が外側に表されるような生き方をするということです。

ローマ13章では、具体的に、与えられた義務を果たすこと、隣人を愛すること、そして正しい生き方をすることが挙げられています。自分の力ではできないことも、神様は助けて下さいます。この世の欲求をただ満たすような生き方ではなく、神様の栄光を表すような生き方をしていきたいですね。

「主イエス・キリストを着なさい。肉の欲のために心を用いてはいけません。」(ローマ13:14、新改訳第3版)

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