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2007年9月21日 (金)

カール大帝

古くからローマ帝国の領土を脅かし、ついには西ローマ帝国を滅ぼして、ヨーロッパ中世の開始を告げることになるゲルマン民族。彼らの中で初めて正統的なキリスト信仰(ニカイア公会議で採択された信条)に基づく洗礼を受けたのは、フランク王国を創設したクローヴィス1世でした。

クローヴィスは、コンスタンティヌスと同様、戦闘で敗北する危険に迫られていた時、神に助けを叫び求め、勝利が与えられるなら洗礼を受けると誓ったそうです。496年、戦いに勝利したクローヴィスは、指揮下にあった3000人の兵士とともに、フランス北部のランスで洗礼を受けました。

その後も、フランク王国とローマ教会との関係は続きます。迫り来るイスラム軍の攻撃を撃破したカール・マルテルの孫、カール大帝(シャルルマーニュ)も、イベリア半島でイスラム軍と戦い、現在のフランス、ドイツ、そしてイタリア北部に及ぶ広大な版図を築きます。そして、ついに紀元800年のクリスマス、ローマのサンピエトロ大聖堂で、教皇レオ3世から西ローマ皇帝として戴冠されたのです。

温泉好きだったカールは、ローマ時代から温泉保養地として有名だったアーヘンを首都に定め、ローマ風の王宮を築きます。そして自らが礼拝する場所として、東ローマ帝国皇帝用の教会とそっくりの「アーヘン大聖堂」を建設しました。(ちなみにこの聖堂は、北ヨーロッパ最古のものとして現存し、世界遺産の最初の12遺跡の一つとして、登録されているそうです。)

カールは、明らかに、コンスタンティヌスが築こうとしたキリスト教帝国の理念を引き継ごうとしたようです。征服した各地に教会や修道院を建て、重要な官職には聖職者を任命し、「十分の一税」も徹底したとのこと。先日ふれたブレーメンも、同じようにして町づくりがなされたのでしょう。王国内においては、ローマ、ゲルマン、キリスト教の三要素が交じり合った文化が形成されました。イスラム帝国の攻撃に立ち向かうキリスト教帝国という図式は、現代にもつながるテーマですね。

カールは、アウグスティヌスの著作「神の国」を座右に置き、自ら「神の国」の建設を夢見ていたようです。しかし、主イエスが語られた「神の国」は、国家権力によって保持されるこの世の国のことではありません。「神の国」とは、創造主なる神様が全世界の「皇帝」として君臨し、統治する領域のことです。それは、神の前にへりくだり、その権威を自発的に受け入れようとする人々の心の中に存在するのです。

「時が満ち、神の国は近くなった。悔い改めて福音を信じなさい。」(マルコ1:15、新改訳第3版)

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