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2007年9月20日 (木)

コンスタンティヌス

ヨーロッパの歴史の中で、キリスト信仰と国家との関係を決定的に変えたのは、コンスタンティヌス大帝でしょう。コンスタンティヌスは、母がクリスチャンだったようで、迫害の時代にあっても、父はキリスト信仰に寛容だったようです。父も実は、クリスチャンだったという話もあるそうです。

コンスタンティヌスの人生を大きく変えるきっかけとなったのは、312年に見た不思議な幻でした。ガリアにいた彼は、帝国の内乱を収めるため、アルプスを越えてローマに向かい、マクセンティウスと戦わなくてはなりませんでした。するとある日、太陽が西に傾きかけた頃、空に光り輝いた十字架を見、そのすぐ横に「汝これにて勝て」という文字が読めたとのこと。

これは何かと思い巡らしていると、その夜、夢の中にキリストがあらわれ、十字架に軍旗をつけるよう命じたそうです。この命令に従い、コンスタンティヌスは勝利を収めることができました。この戦いは、コンスタンティヌスにとって不利な状況であり、もしマクセンティウスが自らの罠にかかるという大きなミスを犯さなければ、勝敗の行方は分からなかったそうです。(弓削達、「ローマ帝国とキリスト教」、河出書房新社より)

勝利がイエス・キリストの恩恵によると信じた彼は、翌313年、「ミラノ勅令」を発布し、キリスト教を公認します。これはキリスト信仰だけでなく、他の信仰も認める内容だったため、原則としては、信教の自由を保障する勅令だったようですね。

ただコンスタンティヌスは、この後、皇帝の座にありながら、キリスト教宣教の上で大きな役割を果たします。自分は「神の奉仕者」であると宣言し、帝国民が真の神への正しい信仰を持ち、神の怒りにふれないよう、国費で各地に教会が建てられ、日曜日が祝日となり、異教の神々への国家儀礼は中止となりました。

さらには325年、小アジアのニケーア(ニカイア)に数百名の教会指導者たちを集め、正統的なキリスト信仰とは何かについて、教会が一致した見解を持つよう働きかけました。皇帝の決断により、父なる神と御子イエスが「同質(ホモウシオス)」だと下された結論は、後の三位一体論へとつながっていきます。

キリスト教会を各地に設立し、神学的な基礎を築いたという点から見ると、コンスタンティヌスは、使徒たちに準ずる働きをしたと言ってよいかもしれません。彼の働きにより、キリスト教会は、ローマ帝国内においてさらに発展し、根付いていったのでしょう。しかし同時に、教会の活動に国家権力が介入したり、政治的な動きと直結するような状況をも生み出されていくことになります。

「神の家」なる教会が何を信じ、どのような形であるべきか、私たちも注意をしていかなければなりませんね。「神の家」ですから、主人は創造主なる神様であり、世俗的な権威を持つ時の権力者ではありません。それは教会が、国家権力によって迫害される時代でも、保護される時代でも、変わらない真理です。

「神の家とは生ける神の教会のことであり、その教会は、真理の柱また土台です。」(1テモテ3:15)

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