« 「先生」 | トップページ | とりなしの祈り »

2007年9月12日 (水)

椅子とテーブル

スーツ・ネクタイをやめ、「先生」と呼ぶのもやめて下さいとお願いした時、ついでにもう一つ、礼拝スタイルを変更しました。メッセージ(説教)の際、講壇に立つのをやめて、椅子に座ったことです。

私が洗礼を受けた20年ほど前、会堂には80cmくらいもあるステージが設けられ、その上に木製の大きな講壇が置いてありました。高いところからメッセージを取り次ぐ牧師を、礼拝出席者は、下から見上げるようにして話を聞いたものです。

もちろん、大きな礼拝堂で、ずっと後ろの方からもよく見えるようにするためには、それでも良いかもしれません。実際、私がアメリカで通っていた教会では、礼拝堂は1000人以上収容の音楽ホールのようでしたから、ステージの高さは同じくらいあったと思います。

しかし、七飯の教会はいっぱいに詰めても、せいぜい80人ほどしか入りません。礼拝の場で家族的な雰囲気を保つには、服装と呼び方を変えるだけでなく、メッセージの仕方も家庭的な形にした方が良いのではないかと思いました。

そこで、丸テーブルを置き、その後ろに椅子を置いて座りながら、お話をすることにします。他の人の椅子の配置も、ただまっすぐ前向きに並べるのではなく、テーブルを囲むような形に少し変えてみました。人数が多い時は、顔が見えなくなるため、立ってお話ししますが、普段は、座ったままで十分、表情が分かります。

イエス・キリストも弟子たちと日常生活をともにし、お話しする時は座ったり、寝そべっていたりだったようです。その方が、ひょっとしたら、身近な関係を築きやすいのかもしれませんね。

「この群衆を見て、イエスは山に登り、おすわりになると、弟子たちがみもとに来た。そこで、イエスは口を開き、彼らに教えて、言われた。『心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。』」(マタイ5:1-3、新改訳第3版)

|

« 「先生」 | トップページ | とりなしの祈り »

礼拝」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/186781/16424658

この記事へのトラックバック一覧です: 椅子とテーブル:

« 「先生」 | トップページ | とりなしの祈り »