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2007年10月 8日 (月)

エルサレムの平和を祈る(詩篇122篇)

Flower071007 昨日は、「エルサレムの平和を祈る日」でした。「平和の町」という意味のエルサレムが、聖書に最初に登場するのは、紀元前2000年頃、アブラハムがメルキゼデクから祝福を受けた時でしょう。おいのロトを強盗から救い出した後、アブラハムを祝福した「いと高き神の祭司」メルキゼデクは、シャレムという町の王でした。この町は、後のエルサレムだと言われています。

アブラハムが神様に従い、その子イサクをささげようとしたモリヤの山も、後にエルサレムの神殿が築かれる丘にあたります。アブラハムの信仰を見て、神様は、身代わりの雄羊を備え、アブラハムに祝福の約束を与えられます。彼の子孫は、空の星、海辺の砂ほどに増し加えられ、地上のすべての民族がその子孫によって祝福されるという約束でした。

紀元前1000年頃、イスラエル王国の2代目の王となったダビデは、エルサレムを首都とし、そこに契約の箱(いわゆる「失われた聖櫃(アーク)」)を運び入れ、幕屋(ポータブルの神殿)を設置します。ダビデの子・ソロモン王は、父の事業を引き継ぎ、神殿を完成させました。エルサレムは、祭りの度に大勢の人々が国中から集まる、祈りと礼拝の中心地となったのです。

エルサレムは、もちろん、イエス・キリストによる救いが現された場所です。紀元30年頃、むち打たれ、十字架を背負わされて、エルサレムの町を歩いたイエスは、町外れで十字架にはりつけとなります。そして、墓に葬られた後、三日後に復活されるのです。復活のイエスに力づけられた弟子たちは、ペンテコステの祭りの日より、このエルサレムを拠点として、神の救いのメッセージを世界中に発信するようになりました。

世界が終末を迎え、すべてが滅び去る時、新たに創造される「神の国」(天国)も、「新しいエルサレム」と呼ばれています。そこは、救い主イエスを信じる者すべてが、ともに集う終着地でもあります。多くの国々の人々が、一つの家族とされ、神の永遠の祝福をともに喜ぶ場所です。

このエルサレムの平和のために祈りなさいと、神様が言われています。エルサレムの平和は、全世界の平和につながっています。私たちも世界中の教会と心を合わせ、喜びと感謝、愛をもって、エルサレムの平和のためにいつも祈っていきたいですね。

「エルサレムの平和のために祈れ。『おまえを愛する人々が栄えるように。おまえの城壁のうちには、平和があるように。おまえの宮殿のうちには、繁栄があるように。』」(詩篇122:6-7、新改訳第3版)

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