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2007年11月13日 (火)

エジプト

98年の初夏、私はエジプトを訪問しました。イスラエル旅行の経由地だったのです。短い滞在でしたが、カイロの考古学博物館でミイラを見学し、ピラミッドの前ではラクダに乗りました(笑)。モーセが十戒を授かったシナイ山の頂で日の出を眺め、荷物を抱えながらイスラエル国境を歩いて越えた時は、「出エジプト」をしたような気分になりました。

古代文明発祥の地エジプトと隣の小国イスラエルは、古くから深い関わりがあります。イスラエルの父祖アブラハムは、「約束の地」を襲った飢きんのため、一時、エジプトに滞在しました。その孫ヤコブ(別名イスラエル)の時代、再び長期的かつ大規模な飢きんが起こり、イスラエルの家族総勢70名は、穀物備蓄のあったエジプトに移住します。ヤコブの息子ヨセフは、ファラオに仕える宰相として、その手腕を発揮しました。紀元前17~18世紀頃のことです。

その後、エジプトはシリアにまで領土を広げ、「帝国時代」とも呼ばれる最盛期を迎えます。400年のエジプト滞在で、人口200~300万人となったイスラエルの民は、奴隷の身分に落とされ、農業や土木工事などの過酷な労働を強いられました。紀元前13世紀頃、彼らをエジプトの苦役から解放するため、神様が遣わされたリーダーは、モーセです。この出来事は、「出エジプト(Exodus)」と呼ばれ、古くは「十戒」、最近では「プリンス・オブ・エジプト」として映画化されています。

イスラエルが脱出した後のエジプトは、次第に衰退し、アッシリア、ペルシア、マケドニア、そしてローマの支配を受けるようになります。イエス・キリストが誕生し、ヘロデ大王による虐殺を逃れるため一時、エジプトに滞在したのは、オクタビアヌスがプトレマイオス朝最後の女王クレオパトラを破り、ローマ初代皇帝アウグストゥスとなった時代でした。

アレキサンダー(アレクサンドロス)大王が建設したアレクサンドリアは、学術都市として発展。使徒たちも読んだというギリシア語旧約聖書(70人訳)は、この町で翻訳・作成されています。アレクサンドリアに形成された教会は、初期の頃からキリスト教会の重要拠点(5大教会の一つ)となり、エジプトがイスラム世界に組み込まれるまで、キリスト教神学者たちが活躍しました。

神の民にとってエジプトは、養育と成長の地でしたが、同時に苦難の象徴ともなっています。神様は、私たちのすべての苦悩をご存知であり、そこから解放して下さるお方です。たとえ苦しみの奴隷のような状態にあったとしても、神様が私たちの祈りに応え、愛をもって救い出して下さることを感謝します。

「主は仰せられた。『わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを確かに見、追い使う者の前の彼らの叫びを聞いた。わたしは彼らの痛みを知っている。わたしが下って来たのは、彼らをエジプトの手から救い出し、その地から、広い良い地、乳と蜜の流れる地…に、彼らを上らせるためだ。』」(出エジプト3:7~8、新改訳第3版)

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