放蕩三昧から一文無しへ
鈴木啓之さんたちが、十字架を背負って日本を縦断したのが1992年。その後、韓国にまで行ったのは、翌年とのこと。残念ながら私はこの頃、留学中で、日本でのリアルタイムの報道に触れることがほとんどありませんでした。
ただ、93年に結成された元ヤクザのクリスチャン伝道グループ「ミッションバラバ」が、各地をまわり、刺青を見せ、悔い改めと人生再生のメッセージを語っているという話は、どこからか伝え聞いていました。94年には、ロサンゼルスにも来たとのこと。その時も、残念ながら集会に出席して、じかに話を聞く機会はなかったです。
2001年に映画「親分はイエス様」が公開される前には、広く支援献金が呼び掛けられていましたので、私たちの教会も微力ながら協力させていただきました。イエス・キリストへの信仰により、どんな人でも人生をやり直すことができる、という映画のテーマは、まさに聖書が語る「グッド・ニュース(福音)」そのものだと感じたからです。
映画公開の翌年5月、函館周辺のいくつかの教会で、中島哲夫さんの講演会をしようということになりました。ミッションバラバのメンバーで、映画「親分はイエス様」のエグゼクティブ・プロデューサーでした。講演会は日曜午後。午前中はどこかの礼拝に集うことになるため、お伺いしてみると、感謝なことに七飯に来て、メッセージを語って下さると言います。
中島哲夫さんは北海道出身。中学卒業後、ヤクザ映画に出てくる極道にあこがれ、上京したそうです。バブル絶頂期、政財界の裏取引にかかわり、経済ヤクザとして数十億円の利益を上げていたとのこと。(何だか、最近のニュースとつながるかのようですね。)38歳の時、住吉会で序列2番目の相談役に抜擢され、酒、金、女、覚せい剤の日々を送っていたようです。
そんな中島さんの生き方が変わり始めるのは、東京・赤坂の高級コリアンクラブにいた、明るく美しい韓国女性との出会いからでした。彼女の名は、李盛愛さん。子どもの頃から放蕩娘だった彼女は、日本に留学してから教会に通い始めますが、遊ぶ金ほしさに水商売を始めます。しかし、すぐ仕事が嫌いになった彼女は、もう結婚したいと願い、神様にこう祈ったそうです。「神様、こんな生活イヤです。神様から見て、私にぴったりな人を与えて下さい。」
中島さんは、そんな時、彼女の前に現れました。「お金持ちの社長さん」だと思っていた彼とは、結婚したら一緒に教会に行くことを条件に、式を挙げたそうです。中島さんは、その後、覚せい剤中毒から組の仲間を殺そうとし、ヤクザを破門になります。経済的には何不自由のない生活でしたが、夫の浮気や薬物に苦しみぬいた盛愛さんは、とうとう「神様、あの人から財産を全部奪って下さい」と祈ったそうです。お金が、夫の生き方を狂わせていると確信したからでした。
神様は、すぐにその祈りに応えて下さり、一文無しになったそうです。その後、二人の生き方は、神様によって大きく変えられました。今は、東京・新宿にあるナオス国際キリスト教会の牧師夫妻です。私たちの教会に来て下さった時は、きれいな奥様に優しいご主人と、まさに「ぴったり」の、お似合いのカップルのようでした。
お金は、神様によって必要なだけ与えられるものですが、使い道をわきまえないと、人の生き方を狂わせてしまいます。神様は、何のために経済的に祝福して下さるのか、よく考えて生きていきたいですね。神様が与えて下さる「必要経費」や「お小遣い」は、放蕩するため、自分がいい思いをするためのものではありません。(贈収賄やゴルフ三昧のためでもないでしょうね。 苦笑)
「この青年はイエスに言った。『そのようなことはみな、守っております。何がまだ欠けているのでしょうか。』イエスは、彼に言われた。『もし、あなたが完全になりたいなら、帰って、あなたの持ち物を売り払って貧しい人たちに与えなさい。そうすれば、あなたは天に宝を積むことになります。そのうえで、わたしについて来なさい。』ところが、青年はこのことばを聞くと、悲しんで去って行った。この人は多くの財産を持っていたからである。」(マタイ19:20-22、新改訳第3版)
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