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2007年12月20日 (木)

アイデンティティ

大学入学以来、日本人論に関心をもって読んだのは、自らが抱えていたアイデンティティ・クライシスと関わりがあったかもしれません。初めて親元を離れ、東京で一人暮らしをし、将来どの方向に進んでいったらよいのか、見当がつきませんでした。自分は何者であって、どこへ行こうとしているのか、何を目指したらよいのか、行き先が見えなかったのです。

日本人論の扱うテーマは、もちろん、「日本人とは何か」です。日本人はどこから来て、どのような性格をもち、どちらの方向へ進むべきかが、多くの場合、記されています。そこに描かれる国民あるいは民族の特徴、あるべき姿は、「ナショナル・アイデンティティ」と呼ぶこともできるでしょう。「自分とは何か」という「セルフ・アイデンティティ」、「パーソナル・アイデンティティ」を考える上で、「わが国、わが同胞とは何か」という「ナショナル・アイデンティティ」の議論は、たいへん参考になりました。

「日本人」という感覚は、「ソトの世界」を意識するところから始まります。平安時代や鎌倉時代から、すでに「日本人意識」はあったようですが、それが確固たるナショナル・アイデンティティとして人々に共有されるようになったのは、やはり明治維新の頃でしょう。「ソト」の欧米列強の植民地にされそうだという危機感は、「日本人」自らの手による「近代的」な国民国家建設の動きへとつながりました。

ただ日本の明治維新の場合、「近代国民国家」と言っても古代から続く王政の復古であり、「王権」(皇位)の正当性は、古事記・日本書紀の国産み神話と「万世一系」を唱える皇国史観に基づいていました。西欧の「国民国家」が、王権神授説に基づく絶対王政を否定した市民革命の後に成立し、個人の自由を尊重する「近代的」市民社会を形成しようとしたのとは大きな違いがあります。日本では、「臣民」は「国体」を護持するために存在しましたが、西欧では、市民の自由と平等を保障するために国家が存在したのです。

第二次大戦後、「戦前レジーム」に基づくナショナル・アイデンティティは否定されました。しかし、日本人論が依然として根強い人気を保ってきたのは、多くの人々が「国際社会」という「ソトの世界」を意識しつつ、「日本人」のあるべき姿を求め続けているからではないでしょうか。そして、それはひょっとしたら、かつての私と同じように、自らのアイデンティティを模索し、それをナショナル・アイデンティティと重ね合わせようとしている人が多数いるということなのかもしれません。

私のアイデンティティ探索の旅は、「私は、『日本人』である前に、『一人の人間』である」という発想が転換点になりました。国籍も文化も伝統も、捨てることができます。しかし、それらすべてを捨て去ったとしても、「私」という存在は残ります。その「丸裸の私」のアイデンティティを支えるものは何か、と考えた時、それはナショナル・アイデンティティではあり得ませんでした。「日本」を超えた何か、全世界の人々にアイデンティティを提供する何か、が必要でした。

それはおそらく、仏教、キリスト教、イスラム教のどれかではないかと思い、聖書その他の文献に答えを求め続けました。今は、イエス・キリストにより、「神の子ども」というアイデンティティが与えられていることを感謝しています。キリストは、信じるすべての人に、天上の国のアイデンティティを与えて下さるのです。

「すべての人を照らすそのまことの光が世に来ようとしていた。この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった。この方はご自分のくにに来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。」(ヨハネ1:9-12、新改訳第3版)

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