中国人と共産主義
1949年、中国が共産主義国家になると、数年のうちにすべての宣教師は国外追放となり、教会は閉鎖、何千人もの中国人牧師が投獄され、多くのクリスチャンが反革命分子として処刑されたそうです。毛沢東の妻であった江青は、外国人の訪問者に、こう宣言しました。「中国のキリスト教は、博物館の歴史コーナーに封じ込められました。キリスト教は、死んで埋められたのです。」
しかし、キリストは死んで、よみがえられたお方です。中国のキリスト教も、死んで埋められただけでは終わりませんでした。教会がなくなり、一度は信仰を失いかけたリウ・ツェニンの母も、文化大革命が猛威をふるう中、神様に再び祈りをささげます。かつて国民党軍の指揮官だった夫は肺ガンに侵され、医師にも見放されていました。5人の子どもをかかえ、自殺をも考えていた時、神様の愛を思い起こしたそうです。
「イエス様、お父さんをいやして下さい」と家族で一晩、祈り続けた翌朝、死の床に臥せっていた病人は食事を欲するだけ回復し、1週間後には完全にガンが消え失せていました。集会は非合法だったので、何も告げずに親戚や友人を呼ぶと、人々は喪服で集まって来たそうです。元気なお父さんを見た人々はみな驚き、キリストに祈ったらいやされたと説明すると、全員が救い主イエスを信じました。
これが伝道者リウ・ツェニン、通称「ブラザー・ユン」の「16歳の原点」です。毛沢東語録以外の本を読むことが許されなかった時代、父をいやしてくれたイエスの言行録(聖書)は、読むことができませんでした。別の村に住んでいた元牧師に教えられた通り、何ヶ月も断食をして聖書が与えられるように祈ると、ある日、二人の見知らぬ男たちが禁書であった聖書を届けに来ます。一度も会ったことのない牧師が、神様から幻を与えられ、地中深くに隠してあった聖書を幻で見た若者に届けなさいと語られたそうです。二人の男は、その牧師に依頼されて訪ねて来たのでした。
ブラザー・ユンは迫害の中、イエス・キリストの福音を宣べ伝え、繰り返し投獄された後、九死に一生を得て奇跡的にドイツへ亡命します。「西へ東へと行って、わたしの証人となりなさい」と命じられた神様に人生のすべてを捧げ、彼は今、世界各地で神様のことばと中国における奇跡のエピソードを伝えています。
共産主義が説得力を失ってしまった中国本土において、クリスチャンは増加しています。ブラザー・ユンのような伝道者は、特に珍しいわけではありません。クリスチャン総数は、「家の教会」(無神論の共産主義を信奉しないため非合法とされ、取締り対象となっている教会)を含めると、人口の10%にあたる1億3000万人に及ぶとも聞きます。このままのペースが続くと、クリスチャンの絶対数でアメリカをも抜き、世界最多になりそうだという予測もあります。
共産主義は、一切の財産を共有し、貧富の格差がなく、すべてが平等なユートピアを目指していたように思います。しかし、そのような理想郷建設運動は幻想に過ぎない、というのが、20世紀の社会主義各国における壮大な実験結果と言えるのではないでしょうか。
神様は、豊かな人も貧しい人も、同じように愛しておられます。神様の愛を知り、自分に与えられた力を十分に生かして働き、愛に基づいた社会を築こうとする時、それぞれの人が「神の国」というユートピアを体験できるのです。一部のエリートが社会全体の人や財産を管理しようとしても、うまくいきません。すべては、神様が恵みとして与えられ、神様が管理・監督されているからです。
「富む者と貧しい者とは互いに出会う。これらすべてを造られたのは主である。」(箴言22:2、新改訳第3版)
(本日のブログは、ブラザー・ユン著「天国の人」マルコーシュ・パブリケーションを参考にさせていただきました。)
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