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2008年2月 4日 (月)

新しい人生を生きる(ヨハネ3章)

Flower080203 メール全盛時代、「ラブ・レター」という言葉は死語になりつつあるのかと思いきや、案外そうでもないようです。小学生の次女に聞くと、携帯もパソコンも使わない相手には、以前、手紙を渡す子がいたとのこと。昔と変わらず、「本人に手渡し」というのが一番確実な方法のようですね。

聖書は、神様からのラブ・レターだと言われています。創造主なる神様は、私たち一人ひとりにその愛を伝えるため、特定の使者を選び、メッセージを託されました。長い間、書き綴られた愛の言葉が、一つの「本」としてまとめられたのが、聖書です。聖書は本来、「宗教書」でも、「経典」でも、「学術書」でもありません。全世界の人々に対して、神様がその心の思いをしたためられた、長い長いラブ・レターなのです。

ラブ・レターというのは、そのメッセージを受け取った人が信じなければ、意味を成しません。書かれている内容は嘘だとか、書いたのは差出人本人ではないとか、誰かが自分を騙すために書いたのだとか、自分に宛てて書かれたのではないとか、あるいは読んでも文字通り受け取れないとか、信じない理由は、いくらでも思い浮かびます。

難しい学術研究の対象にしたり、意味不明でもただ有難く唱えてみたり、あるいは科学万能の現代には通用しない、時代遅れのアヤシイ書物だという先入観をもって読んだとしても、そこに記される愛のメッセージは、読み手にまったく伝わらないでしょう。それは、ラブ・レターの正しい読み方ではないからです。

しかし、もしこの世界最大のラブ・レターのメッセージを信じ、受け取ることができるなら、その人の人生には新しい「神の国の視界」が開けます。自分は孤独な意味のない人間ではなく、神様が綿密な愛の計画をもって造られた、大切な存在なのだということを知ることができます。そして、それまでとはまったく違った新しい生き方、永遠の神の国へ至る人生を歩むことができるのです。

創造主なる神様がラブ・レターの言葉を信じる私たちに、神の国における新しいいのちを与えて下さり、新しい人生を歩む者として下さったことを感謝します。

「イエスは…言われた。『まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。』」(ヨハネ3:3、新改訳第3版)

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