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2008年3月 3日 (月)

聖霊の流れを求める(ヨハネ7章)

Flower080302 イスラエルの三大祭りについては、これまで何度か記してきました。(例えば→ http://lifestream.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/2_f4f5.html

ヨハネ7章は、そのうちの一つ、仮庵(かりいお)の祭りが舞台です。この祭りは、モーセの時代にイスラエルが経験した40年の放浪生活を思い起こすとともに、神様の祝福によって与えられた収穫を喜ぶ時でした。エルサレムの祭司たちは、一週間続く祭りの間、毎日シロアムの池から水を汲み、それを神殿まで運んで、祭壇の献げ物としたそうです。

その時、人々が朗唱した旧約聖書の一節は、イザヤ12章3節、「あなたがたは喜びながら救いの泉から水を汲む。」だったとのこと。これはご存知、あのフォークダンス「マイムマイム」の歌詞に他なりません。あの踊りを踊ったかどうかは、定かではありませんが。(笑)(「マイムマイム」については、こちら参照→ http://lifestream.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_2bc4.html

祭りを通して行なわれたこの水汲みのイベントは、砂漠にあっては神様がいつも人々に水の在り処を教え、渇きをいやして下さり、約束の地では雨を降らせ、収穫を与えて下さったことを感謝する行為だったのです。

この祭りの最終日、イエス・キリストは人々に、ご自身が与える水を飲みなさいと呼びかけられました。それは、あのサマリヤの女にも語った「永遠のいのちへの水」、つまり聖霊なる神様のことでした。

キリストを信じる人は、神の霊である聖霊が心のうちに住んでいて下さいます。そして、この聖霊は、私たちの心を神様の愛で満たし、その愛が私たちの外側に流れ出すようにして下さるのです。救い主イエスを信じる私たちが今、神様の愛によって満たされていることを感謝します。その愛が、さらに私たちの周囲に及んでいくよう、祈り続けていきたいですね。

「さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。『だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。』これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊(みたま=聖霊)のことを言われたのである。」(ヨハネ7:37-39、新改訳第3版)

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