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2008年3月28日 (金)

フランス啓蒙主義の教訓

最近は、物忘れが多く、少し前に何をしたかをすぐに忘れてしまいます。(笑)実は「聖俗革命」の話も、クリスマスから年末年始、YWAMチーム来訪、義父の葬儀、次女のピアノ・コンクール、長女の帰省、所沢教会訪問と教団会議、次女の卒業式とピアノ・コンサート、イースター、そして長男のスプリングコンサートという一連の出来事の中、すっかり忘れていました。

また思い出したのは、所沢の書店で買った一冊の本によります。小田垣雅也氏の「キリスト教の歴史」(講談社学術文庫)です。同氏は、かつて青山学院大学、国立音楽大学で教鞭をとり、現在は高齢ながらご自宅で教会を主宰しておられるとのこと。信仰的にはかなりリベラルで、私の保守的な福音信仰とずいぶん違うため、読もうかどうかしばらく迷っていたのですが、今回、思い切って購入し、読んでみることにしました。

聖書時代の理解は、やはり自由神学的視点で、私とはまったく異なっています。また現代のキリスト教については、現在、世界中に広がるペンテコステ・カリスマ運動に関する記述がなく、もの足りなさを覚えます。しかし、古代から中世、近代に至るキリスト教史については、ただ出来事の羅列ではなく、著者の思想史的分析が加えられており、たいへん参考になりました。

その中で、ふと目をひいたのが、フランスの啓蒙思想についての分析です。フランスのルイ14世による絶対王政は、国教化したカトリック教会至上主義(ガリカニズム;Gallicanisme)と深く結びついていたため、アンシャン・レジーム(Ancien Regime)に対抗したフランスの啓蒙主義は、特に反キリスト教的になったというのです。

この一節を読んで、「聖俗革命」のことを思い出しました。フランスの啓蒙主義に大きな影響を与えた、「百科全書」(L'Encyclopedie)。その編さんの中心となったドゥニ・ディドロは、若い頃は修道会に入って司祭になる訓練を受けたほど熱心なカトリック教徒でしたが、その後、完全に信仰を捨て、無神論になったとのこと。当然、百科全書の全体的傾向は人間理性を高らかに賛美し、反キリスト教的でした。

この反宗教的視点は、後年、血みどろのフランス革命における思想的母体となったようです。理性を基盤とする人間中心主義は、結局、大量虐殺と恐怖政治(Terreur;テロの語源)を生み出すことになります。フランス革命において「テロ」を推し進めたのは、「宗教」ではなく、「宗教」に批判的な勢力だったのです。

当時の教会にも、確かに問題は多くあったでしょう。しかし、不必要なほど多量の血で歴史を染めたのは、人間の過ちであり、すべての人が持つ「罪の性質」から来るものでした。戦争やテロの責任をすべて「宗教」に押し付け、自らの内面を深くさぐらない人には、また盲目的に同じような過ちを犯す危険性が潜んでいます。

イエス・キリストを通して、私たちは今、罪の奴隷状態から解放され、神の真理を教えられています。創造主なる神様の導きにより、「義を行う者」とされていることを感謝します。

「神に感謝すべきことには、あなたがたは、もとは罪の奴隷でしたが、伝えられた教えの規準に心から服従し、罪から解放されて、義の奴隷となったのです。」(ローマ6:17-18、新改訳第3版)

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