« 「預言者」フス | トップページ | ルターへの「神の声」 »

2008年4月 7日 (月)

牧者の声を聞き分ける(ヨハネ10章)

最近は、本当か嘘か知りませんが、「刺せと言う声を聞いた」との理由で殺人事件が起きたりするようです。たとえ本当に「声」が聞こえたとしても、その「声」が命じることが、すべて正しいとは限りません。真の知恵をもって、判断していかなければなりませんね。

「声」にも、いろいろあります。神様が語られる場合もあるし、悪霊の場合もあります。自分で自分の心に語っている場合もあるかもしれないし、聞き違いの可能性もあります。それが誰の「声」なのか、メッセージを真正なものとして受け取る前に、確かめる必要があります。

「声」が、創造主なる神様からかどうか、確かめる方法には少なくとも四つあります。第一に、聖書の教えに合致しているかどうか。「殺しなさい」というメッセージは、明らかに聖書の教えに反しているので、神様からではないことがすぐ分かります。

第二の方法は、自分の心に平安があるかどうかです。創造主なる神様は、平和(平安)の神でもあります。「声」が原因で不安や恐怖、怒り、破壊的な衝動などを感じたりする場合は、それが本当の神様の「声」ではない可能性が高いでしょう。

第三は、信頼できるクリスチャンのリーダーに相談すること。これを「吟味」と言います。場合により、一人の相談相手だけでなく、「セカンドオピニオン」を求めても良いかもしれません。自分が感じたことと相談相手の「吟味」に一致があれば、確信が得られます。

第四の方法は、「声」の語る通りに、周りの状況が動いていくかどうかを見ることです。神様は多くの場合、「声」によるメッセージを与えられると同時に、別な形の「しるし」を確証として与えて下さいます。「どうか、しるしを与えて下さい」と祈っても良いでしょう。神様は、真摯な祈りに答えて下さるお方です。

創造主なる神様と被造物なる人間との関係は、聖書の中で、羊飼いと羊に例えられています。イエス・キリストは、「良い牧者(羊飼い)」です。「羊」である私たちを救うためにいのちを捨て、私たちの人生をいつも先導し、神のいのちの豊かさで私たちを満たして下さいます。

私たちを先導されるイエス・キリストは、確かに、「声」をかけて下さることもあります。一人ひとりを名前で呼び、歩むべき道へ伴って下さるのです。私たちは、いつも「良い牧者」の声を聞き分け、その導きに従って、最善の道を進んでいきたいですね。「良い牧者」なるキリストこそが、「羊」たちが歩むべき「最善の道」をご存知です。

「…門から入る者は、その羊の牧者です。門番は彼のために開き、羊はその声を聞き分けます。彼は自分の羊をその名で呼んで連れ出します。彼は、自分の羊をみな引き出すと、その先頭に立って行きます。すると羊は、彼の声を知っているので、彼について行きます。」(ヨハネ10:2-4、新改訳第3版)

|

« 「預言者」フス | トップページ | ルターへの「神の声」 »

礼拝」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/186781/40803455

この記事へのトラックバック一覧です: 牧者の声を聞き分ける(ヨハネ10章):

« 「預言者」フス | トップページ | ルターへの「神の声」 »