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2008年4月21日 (月)

光の子どもとなる(ヨハネ12章)

Flower080420 先週は、沖縄に行ってきました。北海道に住む私たちの感覚からすると、沖縄は、もう真夏です。(笑)特に水曜日は、予報では曇のはずだったのに、快晴で最高気温が27度くらいまで上がりました。函館周辺では、まだ朝晩ストーブをつけており、やっと桜が咲きそうな季節だというのに…。日本は、広いものです。

会議の間を縫って平和祈念公園を訪問すると、さんさんと降り注ぐ陽光の下、修学旅行生たちがぞくぞくと集まって来ます。のどが渇いた私が自動販売機の場所に行くと、若い人たちが買い残した「さんぴん茶」しか、もうありませんでした。帰る頃には、それもすべて売り切れていたとのこと。あの日差しでは、誰しも喉がかわきます。

ホテルでの夕食時、レストランから綺麗な夕暮れが見えました。水平線のすぐ上に薄い雲がかかり、そこに赤みがかった夕陽が落ちていきます。しばらく名残りを惜しむように夕闇の時間が続き、その後、海は真っ暗になりました。手前にある人口の入り江の入口に、緑と赤の小さな光が、わずかに点滅しているだけです。

朝になると日が昇り、夜になると沈んだ太陽の代わりに月や星が地上を照らすという一日のサイクル。私たちは、ごく当然のように考えていますが、実はそこには、精巧に組み立てられた創造の奇跡的秩序があります。もし太陽や月が少しでも近すぎたり、遠すぎたりすると、地球の気候変動や潮の満ち欠けなど、今とはまったく違う環境となり、下手をすると人間は生きていくことができません。天地万物の創造主である神様の偉大な配慮をほめたたえます。

「光」を創造された神様は、ご自身がまた「光」に例えられています。神様は、私たちの歩むべき道を照らし、その光で真実を明らかにし、私たちの心に希望の光を輝かせ、世界中の人々に限りない愛の光をさんさんと注いでおられます。イエス・キリストを信じる私たちは今、「光」なる神様の子どもとして、全世界を明るく照らす新しい生き方が与えられていることを感謝します。

「イエスは彼らに言われた。『まだしばらくの間、光はあなたがたの間にあります。やみがあなたがたを襲うことのないように、あなたがたは、光がある間に歩きなさい。やみの中を歩く者は、自分がどこに行くのかわかりません。あなたがたに光がある間に、光の子どもとなるために、光を信じなさい。』」(ヨハネ12:35-36、新改訳第3版)

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