神のしもべ
昨日の朝日新聞に、イエズス会第30代総長に選出されたアドルフォ・ニコラス神父が紹介されていました。同氏は、1936年スペイン生まれ。60年代の来日から2004年まで、通算35年余りの日本滞在歴を持ち、日本語に堪能だそうです。
日本では上智大学神学部で教鞭をとり、またイエズス会日本管区長も務めたとのこと。総長に選出された後、ローマ教皇(法王)ベネディクト16世に謁見すると、教皇は日本について言及し、文化との対話や日本の若者へ福音を伝えることの大切さなどを強調。日本のイエズス会の「使徒職」の中で、上智大学が最も大切なものの一つだと語ったそうです。
上智大学は、イエズス会が1913年に設立しました。日本のカトリック教会の文化的基盤となる大学を設立してほしいという強い要請が、信者の方々からなされたそうです。カトリックは、キリシタン時代にコレジオやセミナリオを設立していた歴史があり、また明治維新以降、プロテスタント系の学校が次々に設立されていたという背景もあったのでしょう。
イエズス会は、今でもイグナチオ・デ・ロヨラの著した「霊操(心霊修業)」を教本とし、司祭に叙階される前後にそれぞれ30日間の黙想を行うそうです。(ロヨラと「霊操」については、こちら→ http://lifestream.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_5b58.html)
黙想は、先ず自らの生活と罪、次に「神の国」をテーマとし、最後には、キリストの十字架をともに担い、貧しくなったキリストとともに貧しくなる生き方への決意に至るようです。そのような決意は、当然、彼らの設立する学校の教育方針にも反映されますね。上智大学も、社会に奉仕する人間づくりを重視しているようです。
貧しい者たちに仕える「神のしもべ」としての生き方は、イエズス会総長就任直後のニコラス神父による「感謝のミサ」メッセージでも強調されています。
「新聞や雑誌は、『黒い教皇、白い教皇、その権力』といった決まり文句を掲げているが、それらは政治好きな人々への話の種に過ぎず、我々向けのものではない。我々の使命は、主イエスにならい、神のしもべとして貧しい人々に救いの喜びをもたらすことである」というのが、ニコラス神父のメッセージでした。(ちなみに「黒い教皇」とは、イエズス会総長のニックネームで、衣の色に由来するそうです。)
私たちも一人ひとり、「神のしもべ」として、それぞれ遣わされた場所で人々に仕える生き方をしていきたいですね。
「主は仰せられる。『ただ、あなたがわたしのしもべとなって、ヤコブの諸部族を立たせ、イスラエルのとどめられている者たちを帰らせるだけではない。わたしはあなたを諸国の民の光とし、地の果てにまでわたしの救いをもたらす者とする。』」(イザヤ49:6、新改訳第3版)
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