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2008年5月13日 (火)

聖霊に満たされる(使徒2章)

Flower080511 一昨日は、ペンテコステの日でした。(「ペンテコステ」については、こちら→ http://lifestream.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/2_f4f5.html

それは、旧約時代には小麦の初穂をお祝いする時でしたが、新約の時代には教会の「初穂」をお祝いする時、つまり、全世界に広がるキリスト教会の誕生日にあたります。ほぼ2000年前のペンテコステの日に、教会は誕生したのです。

その日、エルサレムでキリストの弟子たちが集まって祈っていると、不思議なことが起こりました。突然、激しい風が吹いてくるような響きが起こり、「炎のような分かれた舌が、ひとりひとりの上にとどまった」と記されています。すると人々は、それまで話したこともない外国語をいきなり話し出したのでした。

この現象は、「聖霊のバプテスマ」と呼ばれています(使徒1:5)。「バプテスマ」とは、「浸されること」を意味しますので、「聖霊のバプテスマ」とは、「神の霊に浸されること」ですね。しかし使徒2章4節では、「みなが聖霊に満たされ」と書かれていますから、この「聖霊のバプテスマ」は、同時に「聖霊の満たし」であったとも言えます。人々は、神の霊に浸され、そして満たされたのでしょう。

何事が起きたのかと驚いた周囲の人々に対して、使徒ペテロは、これは旧約の預言が成就したのだと宣言しました。預言者ヨエルは、終末の時代を生きる人々に対し、神の霊が「注がれる」ことを予告しています。人々が目撃した現象は、まさにその預言の成就にほかならないとペテロは語ったのでした。つまり、「聖霊のバプテスマ」と「満たし」は、神の霊が人々に「注がれる」ことによって起こったのです。

イエス・キリストを信じ、水のバプテスマ(洗礼)を受けるすべての人は、「賜物として聖霊を受ける」とペテロが明言しています。この「賜物として受ける聖霊」については、教団教派によって解釈が微妙に異なりますが、私たちは、教会が初めて誕生したペンテコステの日と同じような形で現代に生きる人々にも聖霊が注がれ、人々が聖霊に浸され、満たされることを信じています。

現代の日本に生きる私たちが、さらに聖霊に豊かに満たされること、そして周りの多くの人々も、この「神の賜物」を味わうようになることを、心を一つにして祈り求めていきましょう。

「五旬節(ペンテコステ)の日になって、みなが一つ所に集まっていた。すると突然、天から、激しい風が吹いて来るような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。また、炎のような分かれた舌が現れて、ひとりひとりの上にとどまった。すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。」(使徒2:1-4、新改訳第3版)

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