« 監督派 | トップページ | 一つの家族となる(ヨハネ17章) »

2008年5月30日 (金)

会衆派

「会衆(かいしゅう)」という言葉は、クリスチャンになるまでは、あまり使う機会がなかったように思います。記憶が確かなら、クリスチャンになりたての頃、教会で英語資料の翻訳を依頼され、「congregation」という見たこともないような単語を辞書で調べました。文脈の中では、「礼拝出席者」という意味で使っていたと思いますが、正式な教会用語では「会衆」という日本語になります。

教会における階層的な監督制度に疑問を持てば、階層的組織を認めない教会が出てきても不思議ではありません。特に17世紀のイギリスにおいては、国王や議会の方針によって国教会の方向性が左右されたため、政治から独立した教会のあり方が模索されました。

教会は、監督(主教)や長老によって運営されるのではなく、クリスチャン一人ひとりの集まりである「会衆」によって自治的に運営されるべきだ、と考えた人々が、「会衆派」の始まりとなります。1620年にメイフラワー号でアメリカに渡ったピルグリム・ファーザーズ(直訳すると「巡礼の父祖たち」)も会衆派。バプテスト教会もこの会衆派から派生し、クェーカー(フレンズ派)も思想的にはこの流れになるでしょう。

イギリスでピューリタン(清教徒)革命を率いたオリバー・クロムウェルは、会衆派です。新大陸ではニューイングランドに移住した人々が理想的なコミュニティづくりを目指し、ハーバード大学、イェール大学、アマースト大学等を設立しました。

明治初期の日本に、教育者として招聘された二人の米国人も、会衆派でした。一人は、札幌農学校に招かれたウィリアム・スミス・クラーク博士。彼は、アマースト大学教授時代に新島襄を教えています。南北戦争時には、北軍少佐として従軍。かつて軍人だったことで、招聘した明治維新の元勲たちや学生となる旧士族の子弟たちとの相性が良かったのでしょう。

もう一人は、熊本洋学校に招かれたリロイ・ランシング・ジェーンズです。彼はウェストポイント(米陸軍士官学校)卒業後、やはり南北戦争に北軍将校として従軍、母校の士官学校講師もしていたそうですから筋金入りです。札幌農学校は、北海道開拓という中央政府の意向を反映した学校でしたが、熊本洋学校は、薩長土肥の動きに一歩遅れた熊本の人々が、青年教育に力を入れたという背景があるようです。

クラークの弟子たちは「札幌バンド」、ジェーンズの弟子たちは「熊本バンド」と呼ばれ、ヘボンらの弟子である「横浜バンド」とともに、日本プロテスタント宣教初期の三大クリスチャングループとなっていきます。しかし、横浜バンドが長老派、改革派の宣教師たちによって生み出されたのに対し、札幌バンドと熊本バンドは、会衆派の一般信徒(つまり牧師、宣教師資格を持たない人)から始まりました。この違いは、3つのグループのその後の動きに少なからず影響を与えたように思えます。

札幌バンドは、クラーク博士帰国後、監督派の宣教師たちとウマが合わず、内村鑑三は無教会主義を唱え、新渡戸稲造はクェーカーとなります。熊本バンドは、新島襄が創立した同志社に合流し、新島とともに会衆派(組合派)教会を築いていきます。会衆主義のリベラルな傾向は、後に「新神学」と呼ばれる自由主義神学と結びつき、世界各国、そして日本においても、キリスト教界を二分する大きな神学論争へと発展することになります。

ちなみに、私が学んだ神学大学院の卒業式は、カリフォルニア州パサディナ市のキャンパスに隣接する巨大な会衆派教会の会堂で行われました。1896年に開拓された教会は、1980年代に教会員が3,500人を超え、4千人以上を収容する会堂を建設したそうです。

明治以降、キリスト教の諸教派がいっせいに押し寄せた日本では、何派と言ってもなかなか理解されにくいところがあります。日本に生きるクリスチャンは、何派であっても、神様から選ばれた「万人祭司」の一人として、創造主なる神様の愛を宣べ伝える者となっていきたいですね。それは監督、牧師、長老、会衆という立場の違いに関わらず、すべてのクリスチャンの使命です。

「しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。」(1ペテロ2:9、新改訳第3版)

|

« 監督派 | トップページ | 一つの家族となる(ヨハネ17章) »

歴史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 会衆派:

« 監督派 | トップページ | 一つの家族となる(ヨハネ17章) »