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2008年5月27日 (火)

ライラックと北の星

Flower080522 先週、札幌に行くと、ライラック祭りが始まったところでした。暖かな日差しの下、大通公園では海外から来た(?)ミュージシャンたちが路上ライブをし、彼らを囲むように人だかりができていました。時間がなかったので、私は急いで通り過ぎただけでしたが、のんびりと日向ぼっこも良かったでしょうね。

かつて、ほとんど花に関心のなかった私は、ライラックがどんな花かもよく知りませんでしたが、大通で薄紫の花がたくさん咲いているのを見ると、いくらなんでも分かります。(ちなみに、わが家の庭にも毎年、白いライラックが咲いています。 笑)七飯に帰ってから、ネットでライラック祭りをググッてみたら、何と、キリスト教宣教と関わりのあることが判明しました。

札幌にライラックの苗木を持ち込んだのは、米国ニューヨーク州のエルマイラ第一長老教会から宣教師として派遣されたサラ・クララ・スミス女史とのこと。彼女はもともと小学校の教師でしたが、兄が牧師就任直後に病死したことが宣教師として召命を受けるきっかけになったそうです。スミス女史は、1880年来日。東京から函館に向かい、その後、女学校創立のビジョンに燃え、7名の少女を連れ、札幌に移り住みました。

函館では、今の函館相生教会を助け、日曜学校を開いていました。ちょうどその頃、函館ではメソジスト教会のフローラ・ハリス宣教師夫人の私塾が発展し、関東以北で最初の女学校(今の遺愛学院)としてスタートしたばかりでした。そのような動きに、おそらくスミス女史も感化されたのでしょう。(遺愛学院については、こちら→ http://lifestream.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_2bd1.html

札幌ではクラーク博士の弟子たちである佐藤昌介、大島正建、宮部金吾、新渡戸稲造などのクリスチャンの支援を得、1887年に女学校を開校。「スミス女学校」という校名は、後に新渡戸の助言などをもとに「北星女学校」と改名されました。現在の「北星学園」です。

学校の運営資金を募るため一時帰国した際、スミス女史は、自宅からライラックの苗木を持ち帰り、女学校と北大植物園に植えたのだそうです。花言葉は「友情」、「思い出」など。ライラックを見ながら、友なるイエス・キリストを思い、異国の友人たちを喜び、また故国と宣教地のよき思い出に感謝したのでしょうか。

「北星」の校名は、「暗い世にあって星のように輝きなさい」という聖書のことばに由来するようです。もちろん、それは学生たちのために選んだ言葉です。しかし、きっとスミス女史自身が、男尊女卑の気風の残る明治時代、最果ての地に生きる少女たちに希望の光を照らし、夜空の星のように明るく輝いていたに違いありません。

1795年に設立されたエルマイラ第一長老教会のホームページには、札幌に派遣され、女学校を創設した宣教師として、今でもサラ・C・スミス女史の名前が紹介されています。派遣教会の人たちにとっても、彼女は輝ける「北の星」だったのでしょう。

私たちも、暗い世に光を輝かせる生き方をしていきたいですね。

「それは、あなたがたが、非難されるところのない純真な者となり、また、曲がった邪悪な世代の中にあって傷のない神の子どもとなり、いのちのことばをしっかり握って、彼らの間で世の光として輝くためです。」(ピリピ2:15-16、新改訳第3版)

「そうすれば、とがめられるところのない清い者となり、よこしまな曲がった時代の中で、非のうちどころのない神の子として、世にあって星のように輝き、命の言葉をしっかり保つでしょう。こうしてわたしは、自分が走ったことが無駄でなく、労苦したことも無駄ではなかったと、キリストの日に誇ることができるでしょう。」(フィリピ2:15-16、新共同訳)

(写真は、先週の大通公園)

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