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2008年5月26日 (月)

喜びに満たされる(ヨハネ16章)

昔、「イエス・キリストは笑ったか」という神学的議論について、耳にしたことがあります。福音書を読む限り、イエス・キリストが悲しまれたり、泣かれたり、怒られた記述はありますが、笑ったと明確に記されている箇所は、確かに思い浮かびません。普通の人間とは違ったキリストの神聖さや気高さを特に強調したい人たちは、救い主が笑う場面など、なかなか想像できないかもしれません。

しかし創造主なる神様は、被造物である私たちを喜ばれるお方です。人類の代表として地上に生きたキリストが、ヨルダン川で洗礼を受けられた時、父なる神様は「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ」と告げられました。その時、聖霊が下り、イエスはその後、神の御霊に満たされてその働きを進められました。

「喜び」は、「御霊の実」の一つですから、イエス・キリストは喜びに満たされていたはずです。喜びに満たされていながら、無表情で決して笑わなかったとは考えにくいですね。外側にも溢れ流れるような喜びがキリストの心のうちにあったとしたら、きっと愛に満ちた輝くばかりの笑顔で、傷ついた人々の心をいやし、魅了していたのではないでしょうか。

救い主イエスを信じ、聖霊が心に住まわれる私たちは、神様が喜びで満たして下さることを約束されています。聖霊に浸され(バプテスマを受け)、聖霊に満たされる人は、天上の喜びが心の奥底から溢れ流れるのです。私たちは、そのような喜びに満ちた人生を生きていきたいですね。そして、その天上の喜びを周りの人たちとも分かち合うことができるよう、祈り求めていきましょう。

「あなたがたは今まで、何もわたしの名によって求めたことはありません。求めなさい。そうすれば受けるのです。それはあなたがたの喜びが満ち満ちたものとなるためです。」(ヨハネ16:24、新改訳第3版)

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