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2008年8月18日 (月)

天の故郷を目指す

先週前半は、札幌に帰省してきました。と言っても、家族5人のうち「札幌出身」は私だけなので、「帰省」にあたるのは私だけです。子どもたちにとっては帰郷でなく、お祖母ちゃんや叔父さんの顔を見、お小遣いをもらい、都会のショッピングを楽しむ夏休みのツアーに他なりません。(笑)

私は高校卒業と同時に故郷を後にし、東京(永福町と池袋)、神奈川(茅ヶ崎)、函館、埼玉(所沢)、カリフォルニア(ロス近郊)、そして七飯と移り住んできました。札幌を出る時、もう戻らないと心に誓ったわけではありません。しかし、函館で信仰をもって以来、少なくともこれまでは、郷里とは別の場所に行きなさいと神様から示され続けています。

信仰の父アブラハムは、「生まれ故郷を出て、わたしの示す地へ行きなさい」と神様から語られます。そうすることにより、全人類が祝福されるという大きな使命を帯びていました。メソポタミアの郷里ウルを出立し、約束の地カナン(今のイスラエルの地)に向かった彼は、その後、二度とウルに戻りませんでした。アブラハムとその子孫にとっては、カナンの地こそが新たな故郷となったのです。

アブラハムが約束の地を求めて歩んだ旅路は、イエス・キリストを信じ、天国を目指して歩む私たちの人生を象徴しています。私たちは今、神様が用意して下さった天の故郷を待ち望み、そこを目指して生きる者とされています。地上の旅路では、神様の導きに従いどこに移り住むか分かりませんが、どこを経由したとしても、終着地が天の都だという確信があることは感謝ですね。

「これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです。彼らはこのように言うことによって、自分の故郷を求めていることを示しています。

もし、出て来た故郷のことを思っていたのであれば、帰る機会はあったでしょう。しかし、事実、彼らは、さらにすぐれた故郷、すなわち天の故郷にあこがれていたのです。それゆえ、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。事実、神は彼らのために都を用意しておられました。」(ヘブル11:13-16、新改訳第3版)

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