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2016年3月20日 (日)

神の子イエスを礼拝する

 ニューヨーク・ヤンキースの田中将大投手は先月、お父さんになったそうです。「マー君」という愛称で親しまれていますが、「神の子」と呼ばれたこともあります。田中投手は駒大苫小牧高校のエースとして活躍した後、2007年に東北楽天ゴールデンイーグルスに入団しました。その時の監督は、野村克也さんでした。野村さんは、試合後に面白いコメントをたくさん残しました。プロ1年目の田中投手は8月のある日、ソフトバンクホークスとの試合に登板しました。4回表までに5点取られ、0対5でソフトバンクがリードしていました。ところがその後、楽天が7点取って勝ったのです。試合後、野村監督は苦笑しながらテレビカメラの前に現れました。そして、こう言いました。「マー君、神の子、不思議な子。」その試合の前にも、似たようなことが何度かあったそうです。野村監督は、こうも付け加えました。「天から神が降りて来た。」

 日本では、「神が降りて来る」という表現を時々耳にします。目に見えない存在が目に見える世界に働きかけて、不思議なことや奇跡的なことが起こるという意味です。マー君の例のように、スポーツ選手が驚くべき結果を残した時に用いられたりします。ミュージシャンが見事な演奏をしたり、素晴らしい曲を生み出したりする場合にも使われます。とんでもなくおかしいことが起きた時、「笑いの神が降りて来た」と言う人もいます。たいていの場合は、「神が降りて来る」のはその時だけです。田中選手を今も「神」とか「神の子」と呼んで拝む人は、おそらくいないでしょう。

 ただ、神としていつまでも敬われる人も中にはいます。ある分野で非常に優れた人が、何々の神様と呼ばれる場合です。川上哲治という野球選手は、打撃の神様と呼ばれました。手塚治虫という漫画家は、マンガの神様と呼ばれました。松下幸之助という経営者は、経営の神様と呼ばれました。羽生善治というプロ棋士は、将棋の神様と呼ばれているようです。日本の伝統的な信仰では、何百万という神々を拝んでいます。神々には、それぞれ専門分野があると考えられています。各々の神は、その専門分野に大きな力を発揮するという信仰です。ですから新しい分野の神々や神の子が加わっても、多くの人は特に違和感がないようです。

 しかし、聖書に記される天地創造の神は、ただお一人です。その他の神々はすべて偶像であり、偽物ということになります。ユダヤ人たちは長い歴史を通して、聖書の真理を学んで来ました。多くの失敗を経験し、痛い思いをしながら教訓を得て来ました。彼らの国は、偶像の神々を信じる国々に滅ぼされました。アッシリアもバビロニアも、偶像を拝んでいました。その後、ユダヤ人を支配したペルシャやギリシャも、多くの神々を信じていました。皇帝を神として拝む国もありました。しかしそれらの国々も、しばらくすると滅亡しました。ユダヤ人たちは、それらの国々の栄光と没落を目撃した証人でした。天地創造の神だけがあらゆる地上の権力に勝る力を持つと、彼らは証言することができたのです。

 「神の子」とは、もともとはこの天地創造の神の証人全てを指しました。モーセの時代には、「神の子」と言うとイスラエル全体を意味したのです。それがダビデ以降には、特にイスラエルの王を指すようになりました。国が滅んだ後には、新たな国づくりをする「来たるべき王」を意味するようになりました。ダビデの子孫として来られるメシアのことです。天から本当に降りてきた「神の子、不思議な子」は、実はマー君ではありませんでした。それは、イエス様のことだったのです。

「そこで、舟の中にいた者たちは、イエスを拝んで、『確かにあなたは神の子です』と言った。」(マタイ14:33)

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