« 天の喜びを共有する | トップページ | 仕える人になる »

2016年5月 1日 (日)

天に上る許しを得る

 「こどもの日」が日本で国民の祝日に制定されたのは、1948年だそうです。その趣旨は、こう記されています。「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する。」母の日が一緒になっているようですね。父親への感謝はなさそうです(笑)。もともとこの日は、古代中国から伝わる厄払いの行事が行われていたそうです。鎌倉時代以降、男の子のお祭り、「端午の節句」としてお祝いされるようになりました。鎧や兜を飾る風習は、もちろん武家社会から生まれました。鎧兜は、戦の中で身を守る道具でした。男の子があらゆる災いから守られ、健やかに成長することを武家の人々は願いました。私の家は武家ではありませんが、子供の頃の家にはガラスケースに入った兜がありました。一年中飾られていたので、季節感はなかったです。

 鯉のぼりを飾る習慣は、江戸時代の町人の家から生まれたそうです。武士の家では、男の子が生まれると家紋の入った旗やのぼりを立てました。これに対抗して、商人の家では鯉のぼりを立てるようになったそうです。これは、古代中国の伝説に基づいています。黄河の中流に、竜門と呼ばれる流れの急な場所があるそうです。黄砂が、たくさん巻き上げられる地域かもしれません。滝のように激しい流れを登り切った鯉は、天に昇って龍になるという言い伝えがありました。聖書で龍と言えば、サタン(悪魔)のことです。サタンになりたいと思う人は、普通いませんね。しかし中国では龍は皇帝の象徴で、幸運を呼ぶ霊的な生き物だと信じられていました。鯉が龍になる伝説も、いわばサクセスストーリーのように受け止められました。これが、「登竜門」という言葉の由来です。江戸時代の町人たちが願ったのは、男の子が将来、中国の皇帝になることではなかったはずです。子供が健やかに成長し、その商売が繁盛することをおそらく願ったのでしょう。

 明治維新以降、鯉の滝登りは立身出世という考え方と結びついたようです。それまでは武士の子は武士、町人の子は町人という身分制の社会でした。身分の低い者は、どんなに優秀で頑張り屋でも、社会の指導的な立場につけませんでした。しかし身分制社会は終わり、職業を自由に選択できる新しい時代が始まりました。努力次第で高い地位につき、世の人々に認められる可能性が出て来たのです。その頃、海外から伝わった進化論的な考え方も、人々に影響を与えたようです。生存競争に勝ち抜くことが立身出世の秘訣だと、多くの人が考えるようになりました。力を尽くして滝を登り切り、天にまで昇ろうとしたのです。鯉のぼりには、子供の成長と立身出世の願いが込められるようになりました。

 ただ実際は、鯉は滝を登らないそうです。天に昇って龍になることも、もちろんありません。どんなに高い所まで登っても、エベレストの頂上でも、そこは地上に過ぎません。天は、はるか彼方です。天に上るには、改めて天の許可を得る必要があります。精一杯努力したら、許可されるのではありません。高い身分の家に生まれたら、自動的に天に上るのでもありません。イエス・キリストを信じる人だけが、天に上る許可を得られます。天に上っても、龍にはなりません。(安心して下さい!)人間として完成された、最高の姿になります。イエス様は、天に通じる門です。この門を通るために、滝を登って出世する必要はありません。ライバルを蹴落とす必要もありません。信じる人は誰でもこの門を通り、天に上ることができるのです。

「しかし、イエスは言われた。『子どもたちを許してやりなさい。邪魔をしないでわたしのところに来させなさい。天の御国はこのような者たちの国なのです。』」(マタイ19:14)

|

« 天の喜びを共有する | トップページ | 仕える人になる »

礼拝」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/186781/63565141

この記事へのトラックバック一覧です: 天に上る許しを得る:

« 天の喜びを共有する | トップページ | 仕える人になる »