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2016年7月17日 (日)

天の御国を相続する

 「故郷は遠きにありて思ふもの」という言葉は、日本で良く知られています。室生犀星という人が書いた詩の、冒頭の一節だそうです。石川県金沢市が彼の故郷でした。彼は、芸者と馴染み客の子として生まれました。生後すぐにお寺の住職の妻に引き取られましたが、彼女も住職と正式に結婚していませんでした。子供の頃、「妾の子」と言われて、バカにされたそうです。14歳頃から詩を書き始め、21歳で上京しました。東京でも詩を書き続けましたが、貧しく苦しい生活が続きました。生活できなくなると、その度に故郷に舞い戻ったそうです。でも、そこにも自分の居場所はありませんでした。「故郷は遠きにありて思ふもの」という詩には、そのような切ない思いが込められているようです。

 ユダヤ人たちも、故郷を思い続けました。アブラハムは、メソポタミヤの故郷を離れ、神様から与えられる新たな故郷を目指しました。しかし彼は、そこに定住しませんでした。生涯、仮住まいのテント生活を続けました。孫のヤコブは兄エサウをだまし、故郷にいられなくなりました。メソポタミヤにしばらく避難して、そこで結婚し、男の子12人の大家族になりました。長い年月の末に帰郷しましたが、晩年また故郷を後にしなければなりませんでした。地域一帯の飢きんで、食料がなくなったからです。ヤコブはエジプトで亡くなりましたが、自分の遺体は故郷に運び、先祖代々の墓に埋葬してくれと子供たちに遺言しました。

 ヤコブの子ヨセフは兄たちに裏切られ、奴隷として故郷から連れ去られました。彼は何十年エジプトで生活しても、そこでどんなに重要な地位についても、決して故郷を忘れませんでした。そして、死ぬ時こう遺言しました。「神様は、必ずユダヤ人を約束の故郷に帰して下さる。その時には、必ず自分の遺体を故郷に帰してほしい。」その言葉を、彼の子孫は忘れませんでした。数百年後、モーセに率いられたユダヤ人たちは、ヨセフの遺骸とともにエジプトを後にしました。本人の希望通り、故郷のシェケムという町に遺骸は葬られました。そこは、かつてヨセフが捕えられ、奴隷として売られた場所でした。何百年にもわたる長い長い旅を終え、ヨセフの遺骸はようやく故郷に帰ったのです。

 バビロニアに連れて行かれたユダヤ人たちも、故郷への思いを募らせました。彼らの故郷は、バビロニアに滅ぼされました。多くの犠牲を払って建設された首都エルサレムも、ソロモンの神殿も、全て破壊されました。ユダヤ人たちは敵国に強制連行され、屈辱的な仕打ちを受けました。彼らは遠きにありて故郷を思い、悲しみの涙を流しました。神殿で神様を礼拝するために、喜んで都に上った祝福の時を思い出しました。神様が先祖たちをエジプトから解放し、故郷に帰して下さった歴史も思い起こしました。その後、捕囚の地から再び故郷に帰ったユダヤ人たちは、神様の恵みを心から喜んでお祝いの時を持ちました。

 天の御国は、このユダヤ人の故郷のイメージが背景にあります。それは、神様が与えると約束された相続地です。神様は、必ず約束を守って下さいます。故郷を受け継ぐために必要なのは、約束を信じて生きることです。イエス様は、私たちに新しい約束を与えて下さいました。信じる人は、誰でも天の故郷に迎え入れられるという約束です。天の故郷は、もはや遠く離れてはいません。私たちには、最高の居場所が永遠に備えられています。私たちは、日々その祝福を喜びつつ、生きることができるのです。

「そうして、王は、その右にいる者たちに言います。『さあ、わたしの父に祝福された人たち。世の初めから、あなたがたのために備えられた御国を継ぎなさい。』」(マタイ25:34)

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