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2016年11月13日 (日)

地の果てまでも救いをもたらす

 映画「君の名は。」は、現在大ヒット上映中とのことです。私は観ていませんが、冒頭はこういうセリフだそうです。「朝、目が覚めるとなぜか泣いている。」これは、15年前に大ヒットした小説の冒頭とそっくりだという話を聞きました。「世界の中心で、愛を叫ぶ」です。小説の書き出しは、こうでした。「朝、目が覚めると泣いていた。」以前、「世界の中心で…」というタイトルを聞いた時、私には疑問が湧きました。「世界の中心はどこだと言うのだろう。小説では、オーストラリアのエアーズロックだと言っているようだ。アボリジニがそう考えているらしい。でも彼らがそう信じているからと言って、そこが本当に世界の中心とは言えないはずだ。」

 日本の一般的な世界地図を見ると、日本が世界の中心であるかのようです。この地図を見て育った私は、「極東」という言葉に違和感がありました。日本は真ん中なのに、なぜ東の果てなのか。でも欧米で使われる世界地図を見ると、「極東」の意味がよく分かります。経度ゼロのイギリス・グリニッジが中心の地図です。ヨーロッパ中心です。ヨーロッパでは古くから、自分たちより東側の地域を近東と極東の2つに区分して来ました。その後、中東が加わり、3つになりました。世界地図は、もちろんこの2種類だけではありません。地球は丸いのでどこを中心にした地図も作れます。私は以前、北極中心の地図を部屋に飾っていました。南極中心の地図もあります。アメリカやオーストラリア中心のもあります。違う地図を見ると、世界が少し違って見えますね。

 最も古い世界地図とされるのは、紀元前600年頃のバビロニアの地図だそうです。二重の円があり、内側の円が陸地。二つの円の間は海。一番外側は、反対側の陸地です。ただそこは、想像上の土地だったそうです。内側の陸地は、実際は世界全体ではなく、バビロニアの地図でした。バビロニアの人々にとっては、もちろん彼らの国が世界の中心でした。紀元前6世紀のギリシア人たちも、似たような地図を描きました。ただ陸地は、3つに分かれていました。ヨーロッパとアジア、リビア(アフリカ)です。ギリシアが世界の中心です。ローマ帝国の時代にはイタリア半島が中心で、インドが東の果てに描かれました。その後の地図には、中国も登場しました。欧州の地図に日本が初めて登場したのは、1459年頃だそうです。「東方見聞録」を参考にしたようです。マルコ・ポーロは、日本に来たことがありませんでした。中国の東に金がざくざく採れる島国があるという噂を聞き、それを本に記しました。地の果てにある、夢の国のようなイメージだったかもしれません。

 聖書では、世界の中心は世界を造られた神ご自身です。エルサレムはかつて、その神を礼拝する世界の中心でした。イエス様は、王としてその都に入城され、十字架につき、復活されました。都にいた弟子たちに聖霊が下り、そこは世界宣教の中心になりました。ユダヤ、サマリヤ、そして地の果てまで行き、世界の中心が誰かを彼らは宣べ伝えました。イエス様を信じるなら、地の果ての人々も夜の闇から救われます。世界の中心から永遠の光が差し込みます。その光で朝、目が覚めると、満たされた心で微笑むことができるのです。

「…見なさい。私たちは、これからは異邦人のほうへ向かいます。なぜなら、主は私たちに、こう命じておられるからです。『わたしはあなたを立てて、異邦人の光とした。あなたが地の果てまでも救いをもたらすためである。』」(使徒13:46-47)

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