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2017年7月 2日 (日)

神の平和の使者となる

 先月23日、沖縄は「慰霊の日」を迎えました。第2次大戦末期の沖縄戦で、組織的な戦闘が終わった日です。毎年この日には、戦没者追悼式が糸満市の平和祈念公園で開催されるそうです。式典の日ではありませんが、私も何回かその公園に行ったことがあります。公園内には大きな黒い石の板が、数えきれないほど並んでいます。その石の板に、沖縄戦で亡くなった24万人余りの人の名前が刻まれています。日本人も米国人も、その他の国の人たちも、分け隔てなく記されています。軍人、民間人の区別もありません。その石の数を見ると、3か月ほどの戦闘でどれほど多くの命が失われたのか、実感することができます。沖縄戦は、日米の戦いで最も激しい地上戦でした。日本軍は戦力が足りなかったため、沖縄の住民を戦争に駆り出しました。中には、10代前半の子供も含まれていました。米軍に捕まりそうになり、集団自決した人もたくさんいました。スパイ容疑で日本軍に殺された沖縄の住民も多かったそうです。県民の4人に1人が亡くなったと聞きます。

 今年の追悼式では、高校3年生の上原愛音(ねね)さんが、自ら作った平和の詩を朗読しました。彼女は、親族に沖縄戦の経験者はいないそうです。しかし、幼いころから平和について学んで来ました。おじいやおばあたちが、教室で昔の話をしてくれました。爆音の中、裸足で砂利道を走った話。仲間の叫び声が聞こえた話。昨日まで温かかった手が、冷たくなっていた話。そのような話を聞き、彼女は二度と戦争をしてはならないと強く思いました。「昔の人たちの痛みを忘れてはならない。平和のために働きたい。」そう願いました。彼女は将来、看護師になりたいそうです。「国境なき医師団」に加わり、心身が傷ついた人の手当てをしたいとのこと。「私達は、…きっと愛しい人を守り抜くことができる。この地から私達は、平和の使者になることができる。」それが、上原愛音さんが私たちに投げかけた平和のメッセ―ジです。

 慰霊の日の翌日から、日本全国で「ハクソー・リッジ」という映画が公開されています。沖縄戦の実話に基づいた映画です。主人公のモデルは、デズモンド・ドスという米衛生兵。彼はクリスチャンで、武器を持たずに沖縄戦に参加しました。人を殺すのではなく、助けるために戦場に行ったのです。崖を登って頂上に立った時、仲間のために祈ったそうです。「彼らが無事に帰れるように」と。日本軍の攻撃は、非常に激しいものでした。彼の部隊は、撤退を決めました。ところが負傷した兵の中には、動けない人たちがいました。するとドスさんは、敵の猛攻撃の中、一人ひとりを助け出したのです。負傷者を崖の下におろす作業を4時間近く続けました。そして、75人を救出しました。その中には、2人の日本兵もいたそうです。ドスさん自身も足を負傷し、左腕に銃弾を浴びました。彼は、グアムの病院に移されました。入院中、自分や身近な人が死ぬ悪夢に悩まされたそうです。後に彼は、良心的兵役拒否者として、初めて名誉勲章を授けられました。銃弾が飛び交う戦場で、ドスさんはあえて戦わない選択をしました。神の平和の使者として、大切な人々の命を守り抜いたのです。

 イエス様は、戦いに明け暮れる私たちに平和を告げに来られました。争いの種は、私たち一人ひとりの心の中にあります。人の力では、その種をどうにもできません。私たちはその種にあやつられ、戦い続けます。いつか傷つき、戦場で動けなくなります。そのまま死を待つだけになります。イエス様は、そんな私たちをこの世の戦場から救いに来られました。心にある争いの種を取り除きに来られました。イエス・キリストを信じる人は、平和の使者になることができます。神が与えられた平和を、世界中に告げ知らせることができるのです。

「ですから、信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。」(ローマ5:1)

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