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2017年10月 8日 (日)

神の霊に聴く

 今週から何回か、「みことばを聴く」というテーマでお話しします。先月の宗教改革500周年大会の準備を通し、このテーマについてもう一度考えさせられました。大会で私は、ショートメッセージの一つを担当させていただきました。宗教改革の5つのテーマについて、5人の牧師がそれぞれ10分ずつ話をする集会でした。最初のテーマは「信仰義認」。キリストを信じれば罪が赦されるという、聖書の基本的な教えです。ルターの信仰の原点でした。二つ目は「聖書信仰」。神のみことばの権威に従うという信仰です。私に与えられたテーマは、これでした。三つめは「万人祭司」。クリスチャンはみな神の祭司とされ、それぞれ大切な務めが与えられるという教え。四つ目は「トランスフォーメーション」。宗教改革により人の生き方が変わり、社会の改革も進んだという話です。今の日本も国政選挙以上に、これが必要ですね。五つ目は「新しい賛美」。ミサは礼拝となり、会衆が一緒に歌う新しい賛美が生まれました。宗教改革が今の私たちの生き方にどうつながっているのか、理解が深められた時間でした。

 ショートメッセージの依頼をいただいたのは、5月です。その後の4か月で、何冊か本を読みました。私は歴史が好きです。マルティン・ルター関連の本を読むのも、楽しかったです。彼は、私のヒーローの一人です。その勇敢さに、いつも励まされます。その姿は、ユダヤ人指導者たちに立ち向かったペテロやヨハネのようでした。神の権威に従い、人の権威を恐れませんでした。教会は聖書だけを土台にすべきだと、ルターは堅く信じていました。しかしその考え方は、当時のカトリック教会に受け入れられませんでした。ルターは教会を破門され、カトリックとは別の教会を始めました。これが、プロテスタント教会の始まりです。ルターは、クリスチャン一人ひとりが神のみことばを理解することを重視しました。そのため、聖書を普通の人にも分かる言葉(ルターの場合はドイツ語)に翻訳しました。礼拝は説教、つまり牧師による聖書の解説が中心となりました。私たちもプロテスタント教会の一つとして、その流れを受け継いでいます。聖書のみことばを土台とする教会です。

 ただ何冊か本を読んで、ふとあることに気づきました。ルターの時代と現代との違いです。ルター以降、多くのクリスチャンはこう信じて来ました。「神が語られるのは、聖書や説教を通してだけだ。」しかし今から100年ほど前、米国で驚くべきことが起こりました。聖霊による超自然的な働きが始まったのです。ペンテコステ・カリスマ運動と呼ばれています。聖霊は、使徒たちの時代と同じように今も働かれるということが分かりました。「神が語られるのは、聖書のみことばや説教を通してだけではない。夢や幻、預言、奇跡などの超自然的な方法もある。神は今もそれらを通して、語られる。」そう理解されるようになりました。神は、限りなくクリエイティブなお方です。特定のカタチにとらわれません。私たちに、嬉しいサプライズを用意されます。驚くべき方法で、神は私たち一人ひとりに語りかけて下さいます。私たちの教会は、このペンテコステの流れも受け継いでいます。

 イエス様は、私たちに聖霊を送って下さいました。聖霊は、私たちに聖書の真理を教えて下さいます。イエス・キリストを信じる信仰を与えて下さいます。信じる人の心のうちに住み、神に愛される喜びで満たして下さいます。私たちに、聖書のみことばを思い起こさせて下さいます。そして、麗しい天の声を聴かせて下さいます。さまざまな方法で聖霊は語られ、私たちの歩みを導かれます。ルターその他の改革者たちにも、聖霊はみことばの真理を教えられました。彼らの心を勇気で満たされました。同じ神の霊は今、私たちとともにおられ、永遠の愛をささやいて下さるのです。

「これは、預言者ヨエルによって語られた事です。『神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。その日、わたしのしもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する。』」(使徒2:16-18)

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