神のメッセージを分かち合う
今年は宗教改革500周年に合わせ、多くの本が出版されました。私も9月の大会メッセージの準備のため、何冊か本を買って読みました。するとある本に、このような内容の言葉がありました。「宗教改革の柱の一つは、『聖書のみ』という原則だった。それは、『聖書以外から神のことばを聴かない』という決断だと言える。聖書に記される神のことばは、説教を通してのみ人々に伝えられる。それ以外に『天の声』が聞こえることはない。」この考えは、私たちの教会の信仰と明らかに異なります。私たちペンテコステの教会は、昨日も今日もいつまでも変わらない神を信じています。神は昔と同じように、説教以外の様々な方法でも今なお私たちに語りかけて下さいます。夢や幻を通して。天使を通して。内なる声を通して。あるいは実際に耳に聞こえる声を通して・・・。説教者以外の思いがけない人を通し、預言的なことばを受け取ることもあります。そのような不思議なメッセージを私自身、何度も受け取って来ました。その全てが偽物だったとは、私は思いません。過去100年余り、世界中の多くのクリスチャンが同じような体験をしたと証言しているからです。 (そして聖書の基準に照らしても、そんな不思議なメッセージはないとする主張には、説得力がありません。)
ジャック・ディアという牧師は、ある時、神の預言者と会う機会がありました。彼は当時、預言者はもういないと信じていました。自分は決して騙されないと固く決心して、その日を迎えました。出会った男性は身長180センチほどで、アスリートのような体格でした。エディー・バウアーのカタログから、そのまま出て来たような服装だったそうです。会った瞬間、その預言者はジャック牧師が毎朝、何を祈っているか言い当てました。神がその願いをかなえて下さる、とも言いました。次にその預言者は、ジャック牧師の父の話をしました。ジャックが12歳の時、自殺した父です。母は当時34歳。長男ジャックの下にさらに3人子供がいました。ジャックは長い間、その辛い記憶を心の奥深くに封じ込めていました。心の傷は癒されず、そこから苦々しさや怒りが生まれました。全てに疑い深くなっていました。その彼に、預言者は神のメッセージを伝えました。それは、父を失った傷が癒され、新たな父たちが与えられるという約束でした。その他のことについても、預言者は正確にジャック牧師を取り巻く状況を言い当てました。そして、それに関する神のことばを伝えました。この出会いによりジャック牧師は、預言者が今も存在することを確信しました。預言を通し、神は彼といつもともにおられ、彼を深く愛しておられることがよく分かったそうです。
旧約聖書には、たくさんの預言者が登場します。アブラハムは75歳の頃、神のことばを語り始めました。彼と彼の子孫は神に祝福され、その祝福が全世界に及ぶと、アブラハムは語りました。モーセは80歳になってから、神のことばを語り始めました。イスラエルは神に選ばれ、全世界の祭司になると、彼は伝えました。祭司の国として守るべき律法も、モーセは人々に語りました。サムエルは、少年時代から神のことばを語り始めました。預言者としてその生涯を全うし、サウルやダビデをイスラエルの王に任命しました。エリヤは、偶像を拝むイスラエルの王に神のことばを伝えました。カルメル山で偽預言者たちと対決し、偶像の神々にはるかに勝る創造主の力を示しました。その他にも多くの預言者が現れ、聖書を通し、今なお私たちに神のことばを伝えています。
イエス様は、旧約の数々の預言を成就しに来られました。聖霊とともに働かれ、史上最大の預言者として使命を全うされました。イエス様の働きは今、世界中の弟子たちが引き継いでいます。イエス・キリストを信じる人には、聖霊の助けが与えられます。神のメッセージを受け取り、周りの人に伝えることができます。聖霊なる神は、さまざまな方法で私たちに神のことばを伝えて下さいます。聖書や礼拝説教も、もちろん用いられます。しかし神は、私たちが思いもよらない意外な方法を用い、私たちに語られることもあるのです。
「愛を追い求めなさい。また、御霊の賜物、特に預言することを熱心に求めなさい。」(Ⅰコリント14:1)
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