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2018年4月 8日 (日)

天来の力を待ち望む

 先週からお役所や多くの企業で、新年度が始まりました。新しい職場に配属された新人たちは、抱負を語ったようです。最近注目の財務省では、入省者の代表がこう宣誓したそうです。「私は国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務すべき責務を深く自覚し…(中略)…公正に職務の遂行にあたることを固く誓います。」国家公務員は一部の人ではなく、国民全体に仕える姿勢が大切ですね。公文書改ざんについては、「二度と起こさないように頑張りたい」と言う人もいました。新しい力に期待したいと思います。一方、昨年夏に大雨で被害を受けた福岡県朝倉市では、新入職員の一人がこう言ったそうです。「微力ながら復興の力になりたいし、力になれることは何でもやりたい。」困難に見舞われた人々のため、力を十分に発揮してほしいですね。

 力は、何かの状態を変える働きをします。力自体は、目に見えません。力こぶを見せたとしても、目に見えるのは筋肉の状態の変化です。逞しい腕で重い荷物を運んでも、目に見えるのは力自体ではなく、人と荷物の移動です。ニュートンはリンゴが木から落ちるのを見て、そこに働く力を考えたと言われます。(実際は、本当の話かどうか分からないそうですが・・・)木から落ちる時、リンゴは木の枝にある状態から地面の上の状態へと変化します。その変化を見ると、リンゴを引っ張る目に見えない力があるはずだと考えられますね。同じように、もし財務省で前代未聞の大きな変化が起きたら、何か特別な力が働いたはずだと考えることができます。元の状態に戻すには、そのように願う人々が力を合わせなければなりません。大雨には破壊的な力があります。でも、もし破壊された地域が驚異的な速さで復興したら、そこに特別な力が働いたと分かります。多くの人々が注いだ力を感じ取ることができるはずです。

 イエス様が捕えられた後、弟子たちは身を隠しました。彼らは、絶望していました。イエス様こそが長い間待ち望んだイスラエルの王だと、彼らは信じていました。エルサレムの人々はほんの数日前、イエス様を王のように迎え入れました。ところが同じ人々が、手のひらを返したような態度をとりました。イエス様はあっけなく逮捕され、即座に有罪判決が下り、即日死刑が執行されました。弟子たちは、新しい王の側近を夢見ていました。ところが一晩で、彼らは反社会勢力の一味になったのです。親ガメがコケて、みなコケそうになりました。弟子たちは刑事訴追を恐れ、エルサレム市内に潜伏しました。お先真っ暗な状態でした。ところがその50日後、弟子たちの状態は大きく変化します。彼らは何も恐れずに、公衆の面前で自分たちの見聞きしたことを証言したのです。この変化には、2つの大きな力が働いていました。1つは、イエス・キリストをよみがえらせた力――新たないのちを授ける神の力です。その力は、弟子たちの絶望を希望に変えました。もう1つの力は、天から注がれた聖霊です。聖霊の力は、弟子たちの生き方を大きく変えました。死を恐れることなく、キリスト復活の真実を世界中に発信するようになったのです。

 復活後の40日間、イエス様は弟子たちとともに過ごされました。そして天に昇られる前、弟子たちに対し、首都エルサレムにしばらく留まるよう命じられました。弟子たちの多くは、地方出身者でした。彼らにとって大都市エルサレムは、イエス様を十字架につけた「呪いの地」でした。嫌なことを忘れるため、早くそこを立ち去りたい人もいたかもしれません。しかし神の計画は、その呪いの地を祝福の泉に変えることでした。弟子たちに恵みの水を飲ませ、その素晴らしい体験を世界中に伝えさせる計画だったのです。イエス・キリストを信じる人は、彼らと同じ体験が期待できます。呪いを祝福に変える天来の力を待ち望み、神の奇跡の証人となれるのです。

「見よ。わたしは、わたしの父が約束されたものをあなたがたに送ります。あなたがたは、いと高き所から力を着せられるまでは、都にとどまっていなさい。」(ルカ24:49)

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